これから

40代までは,何とか新しい場所を探すべく,あちこち彷徨った気がする。週末,昌己と高円寺で飲みながら,とはいえ,50歳を過ぎ,記憶に残っている場所で記憶と照らし合わせながら,あれこれたのしむのは悪くないと思った。

加藤和彦の10年目の命日を過ぎた頃,当時の音楽雑誌で特集された記事を捲ってみた。1976年にリリースされた『それから先のことは…』というアルバムがあって,シンガポールのコロニアル風情をたのしむはずが,結局,日本もアジアの片隅に位置することを痛感する歌詞が面白い。安井かずみの歌詞はもちろん風刺ではなく,洒落た感じだ。そうでなければ「人生を忘れそう」などと誰が歌えるだろう。リリース当時のインタビューで,羽田に着き,アジアの湿気を結局,肌に感じたことがアルバムテーマにつながったというような話を読んだ記憶がある。

その後,加藤和彦はサンバ,ボサノヴァ,シャンソンと,ここではないどこかを探す音楽的ツールを試していく。にもかかわrず,たとえ現地で録音したとしても,アジアの片隅感はまとわりつく。ブライアン・フェリーがアヴァロンに辿りついてしまったのとは対照的に,加藤和彦の辿りつくべき場所はアジアの片隅で,そこはしかし,彼にとって決して居心地よくはない。

高円寺の居酒屋で飲んだ酒は後に残る。熱気をさましながら,30代を目前にした加藤和彦が「これから」ではなく「それから」と冠した曲を歌ったことがひっかかった。自分の人生をまるで誰かの物語に擬えているみたいじゃないか。

今週末は宇都宮の一箱古本市に出かける。去年,30年ぶりに町中をバスで移動して,自分の記憶のなかの地図がいかに無茶苦茶だったか痛感させられた。体調がよければ,自転車を借りて,半日,ぶらついてみようと思う。目下,非道く体調が悪いのだが。

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