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午前中,本郷三丁目で打ち合わせ。帰りに昼食を済ませる。午後は原稿整理とデータチェックで20時まで。

行き帰りに島田一男の加下千里ものの第1巻を読んでいるのだけれど,ハードボイルドのボタンを掛け違えたまま,ひたすら突っ走っている感じがする。大藪春彦と同時期,日本のハードボイルド草創期はこの作品から始まったといわれても,その先のショボさが透けてくる。繰り返しになるものの,銀座特信局シリーズ以外,手を出さずに四半世紀経ち,手当たり次第に古本屋の均一棚から島田一男の小説を買い,少しずつ読み始めた頃であっても,加下千里シリーズや他のハードボイルドというかスパイ小説を読もうとは思わなかった。このところ,その手の小説ばかり選んで読んでしまうのは,どうしたわけだろう。

インターポールやらFBI,公安,属するところは気に入らないし,ストーリーもわかったのかわからないのか曖昧なまま終わる,騙されたようなものが少なくない。結局は文体と薀蓄(といってしまうには膨大なのだけれど)なのだろう。

少し前に書いたとおり,昭和30年代の中間小説はどのようなものだったのか,アウトラインが知りたい。

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