腐っても
食う
新宿のアンティノックスで,ダムドのコピーバンド,という,まさにTPOをわきまえた知人(友人の友だち)がいた。彼等のバンドも広義には社会人バンドだ。
そ奴の生業は,大学で日々実験に明け暮れる研究者。理系でパンクという,なかなか微妙な取り合わせ。
最近,心理学者にしてフリージャズ,インプロビゼーションバンドでサックスを吹きまくる人物のことを知ったが,通じるものがある。
アマチュアバンドにとって,ライブハウスのチケットノルマは厳しい。1バンド50枚なんてのは文句をいう範疇ではない。そ奴のバンドも,ライブハウスのオーナーの檄が飛び交うもとで,チケット売りに東奔西走していた。
「あそこのオーナーの取り立て,いわゆる営業部長並みに厳しいんだ」
ときどき愚痴をもらすこともあった。
「ほかでやれよ。楽なところもあるぜ」
しかし,ダムドのコピーバンドは,ライブハウスを代えなかった。
あるとき,その理由を聞いてみた。
「おれ,社会人経験ないだろ。だから,あれくらい厳しく言われるの,いい経験なんだ」
まさにパンクスの物言いだ。われわれには返す言葉がなかった。
夏休みがはじまって,友人たちとはしばらく会っていなかった。9月の中野サンプラザ,コクトー・ツインズのライブを集合場所に怠惰な日々を過ごしていた。
もちろんライブの日まで連絡はしなかった。1か月程度のことだ。だが,魔の手はどこに潜んでいるか判らない。
その日,中野・RAREで待ち合わせた友人3人のうち2人のようすが妙な具合だ。カラ元気というかのか,テンションは高いのだが,そうしていないと沈んでしまいそうな不安定さが見え隠れしている。
「何だよ。気持悪いな」
「ハハハ,信じるものは救われるってさ」
「変な商売に手を出したんじゃないだろうな」
「ギクッ」
「何がギクッだよ」
「鋭いな」
「言えよ。黙っておくからさ」
「そのうちな。ほら,開場したぜ」
その日,サンプラザ前で,このような会話が交わされてことを,よもやコクトー・ツインズの3名は知るよしもなかったろう。
ライブは心地よく,芸のない表現だが「天にも登る心地よさ」だったと,ここではしておかねばなるまい。
ライブ終了後,地下鉄のなかでも,ライブのことはさておき,話は怪しげな商売のことに終始した。
その日,奴らは最後まで口には出さなかったが,人工ダイヤのネズミ講に絡めとられてしまったのだった。それから半年,われわれは友人のひとりがとうとう,そのネズミ講を廃業に追い込むまで,難儀な荷物を背負わされてしまった。一攫千金を狙う目は,もはや正気の沙汰ではなかったのだ。
その後,コクトー・ツインズは「天国もしくはラスベガス」というタイトルのアルバムを発表する。それこそ,あの日われわれ残り2人の心境そのものだった。
(強引なオチだ。やれやれ)
「学祭のとき,部屋借り切ってライブをやろう」
裕一が提案した。そ奴はYMOのコピーバンドからスタートして,ドラム+キーボード+テープという編成でオリジナルをつくり,ライブハウスにも出没していた。サディ・サッズの前座を務めたこともあった。
全員ステンカラーコートづくめでスミスのコピーバンドという,気が狂いそうなルックスのバンドにも声をかけた。われわれと3バンドで日に数回のステージをこなそう。話はまとまった。
何事にも手続きは必要だ。
教室を借りるにあたり,公認・非公認は問わないがサークル名と担当教授が必要だという。
担当教授は,ゼミの教授に引き受けてもらった。
「サークル名は何というの?」
そう問われて,言葉に詰まった。まだ,何も考えていなかったのだ。
「ムジークになると思います」
裕一が咄嗟に言った。たぶん,坂本龍一の「フォト・ムジーク」からの盗用だろう。
そんなありきたりの名前になるはずはなかった。ゼミ室をあとにしたわれわれは,たまり場に移った。
「音楽の友に対抗して,音楽の父というのはどうだ」徹が提案する。「音楽の友」は,学内にあったサークル名だ。
「何だかえらそうだな」
「せいぜい,音楽の父方の妹,くらいじゃないか」喬史が返す。
みんなは頷いた。
サークル名は「音楽の父方の妹」に決定した。
ゼミの教授はあきれ顔で「かっこ悪い! ムジークじゃなかったの?」
そういったきり,学祭期間中,われわれの教室に足さえ踏み入れなかった。
好きな映画は,と問われれば「ときめきに死す」と答えていた時期があった。画面に漂う空気に,丸山健二の原作のイメージがとてもうまく表現されていたと思う。
が,まじめに堪能するだけでは消費し尽くしてしまう。どうにも搦め手に入り込んでしまうのが癖だ。
杉浦直樹ってジョン・クリースに似てるな。ふと思うやいなや,イメージがやおら広がる。そうすると,これはジョン・クリースでいえば(こじつける必要はまったくないのだが)「フォルティ・タワーズ」ってことか。
いやはや,シリアスな「ときめきに死す」が「フォルティ・タワーズ」に重なってしまった。
強引だが,まったく本当に。