京都

週末に京都へ出かけた。仕事にひっかけずに京都に行ったのは2018年の音博以来だと思う。

昨年12月に今期前半の資金繰りのめどがついたものの,そのあとの進め方がうまく決まらない。ゲームのようにリセットできないとは承知のうえ,とりあえず仕事を抜きにして動いてみようと思ったのだ。

年末,家内に往復の指定席と宿をを予約してもらった。仕事の導線はないので,下京区や伏見区あたりに行く必要はない。だいたいが仕事で京都に行くと,2,000人程度が収容できる施設のまわりに宿泊し,局地的な土地勘しか身につかずに帰ってくることしばしばだ。年明けのバラエティ番組で上賀茂神社が紹介されているのを見た家内が,初日はそのあたりまで行こうかという。2日目は久しぶりに知恩院から祇園を覗いてみることになった。

9時くらいに家を出て,高田馬場経由で東京駅まで。神田の前あたりで,中央線が止まる。早めに出てきてよかった。昼過ぎに京都に着いて,地下鉄で北山まで行く。このあたりに来たのは初めてだ。

家内が頭痛気味なので,食事はせずに買い物をしながら,途中,喫茶店で休憩をはさみ上賀茂神社に行った。神社の賑やかさにどこか軽みのようなものを感じた。世界遺産らしいけれど。

烏丸まで戻って,ホテルにチェックインする。少し休み,18時過ぎに夕飯を食べに出かける。前回,仕事に絡めて家内と来たときは先斗町のいい感じの店を予約していたのだけれど,今回は適当に探すことにした。結局,スター食堂に入る。帰りにブックオフに寄り,文庫本を2冊買ってホテルに戻る。

ホテルには大浴場がついていて,ただ,あまり大きなものではないので洗い場で少し待った。

翌日は,前田珈琲店で朝食をとり,知恩院に向かう。途中,高島屋の地下でパンを買ったり,よーじやで買い物をしたり。知恩院に来たのは2011年の3月末,大阪で勉強会取材があり,震災後の緊張した感じから少し距離を置いたほうがよいかもしれないと思い,家内,娘と和順会館に泊まったとき以来だ。風に流されて,少し粉雪が舞っている。

上賀茂神社に比べると知恩院の落ち着きはなんだかホッとする。祇園のあたりを歩きながら戻って,錦で買い物。17時半くらいに京都駅に戻る。家内はおみやげを買うというので,近鉄の地下で私は休憩することにした。

20時半くらいに東京に着く。駅のなかの店で夕飯をとり帰宅。

ときどき仕事のことは頭をよぎる。それでも大してアイディアがないなかで袋小路にはまりこむよりも,2日間とはいえ,距離を置いたことで,少し考えがまとまった。仕事から離れて,たまには遠出したほうがよいようだ。

年末

例年,年末ぎりぎりまで事務所で仕事をすることになる。今年も27日くらいまではそのつもりでいたものの,事務所の掃除と年賀状印刷程度で年内の仕事を終わりにした。

28日の夕方,家内と新宿まで買い物に出かけた。年明けに1泊くらいで京都まで行くことにして,西口のチケットショップを覗く。宿泊先を決めていないので値段を確認し,別の買い物をして帰宅した。

29日は高円寺~中野で買い物。昼過ぎまで事務所で年賀状の支度を済ませる。まず,高円寺でひととおり年始用の買い物を済ませて,中野に移動して残りを調達する。

30日は事務所の片づけ。古くなった段ボールを潰してまとめる。整理がつかないので,31日も少しだけ片づけをし,18時すぎに池袋まで。家内,娘夫婦と待ち合わせて,ここ数年通っている蕎麦屋に向かう。ところが,今年はすでに売り切れ。しかたないので,サンシャイン通りのほうに昔からある蕎麦屋で年越し蕎麦を済ませた。

年末から会社のサイトの更新を検討して,ダミーサイトにテーマをインストールしては検討。結局,現在のサイトのまま,微調整するのがよいという判断に至る。問題は会社の情報ページをどのように構成するか,だ。今のサイトはそのあたりが都合よくできている。

Tab

会社のサイトをつくり,年初までWoocommerce+Stripeで販売ページをつくり活用していた。2,3年前くらいにどこかをさわってしまったのだろう。シングルページのタブの内容が表示されなくなった。気がついたときに検索してcssを加えたり,たぶんPHPを書き換えてしのいでいた。もういくつもの記憶が積み重なっているので,ただTabが表示されないときの対応としてネットを検索したくらいに記憶を圧縮されている。

使わないプラグインを削除していたところ,またTabが表示されなくなった。cssを加えていたのだろうくらいの記憶で,ネットを検索した。ただ,それらしいページにたどりつくことはなかった。

4月にネット販売のセキュリティが厳しくなったため,Woocommerceはカタログモードで使っていて,実際の販売はStoresに移行した。正直,このセッティングのほうが反応がよい。カタログモードでTabが表示されないのは厳しい。すっかり忘れていたけれど,Woocommerceのデザインを加工するプラグインを入れていたらしい。それでTabの問題を解決したのが一番最近の対処策だったのだ。

とりあえず,プラグインを再インストールしてセッティングしたところTabが表示されるようになった。若干デザインが変わった気がするが,Tabが表示されないことに比べれば大したことはない。

Woocommerceはなかなか安定しない。アップデートの関係だと思うのだけれど,シングルページにcssが効かなくなって,だらーっとしてしまうことがある。キャッシュを空にすると直ったり,テーマをアップデートすると直ったり,もうしかたないとあきらめの境地だ。

cssが効かなくなるのが,アクセスを集めたいときにかぎってなので,偶然とはいえ,困ったものだ。

時間があれば,カタログ用にデータを作り直したいのだけれども,50点ほどのデータを入れなおすのは面倒くさい。

このところ

12月に入ってから初めてのポスト。4本の企画を同時並行ですすめながら,2本は減速,1本は下版になり,1本も明日下版になる。某小説家の新連載サバイバルレースを思い出すものの,こちらは下版までもっていかないかぎり一銭も懐に入ってこないから,諸々のネゴシエイトが必要になる。

加えて,経営上の懸案を数か月分,クリアするために書類をつくり,申請する。メンタルに堪えるな,これは。おかげで,眠りが浅いのか,忘れたと思っていた知人などが日替わりで夢に登場する。面白い夢があれば,何でこんな夢,というのもある。

とはいえこの時期,酒の席が増える。金曜日に義理の息子と事務所界隈で飲んだ。当初は下落合あたりに行こうと思っていたものの,近場にあるとんかつ屋に入った。四半世紀以上前,引っ越してきたことのことだったろうか。とてもうまいけれども客あしらいに一癖ある店だと,どこかで読んだ記憶がある。店の前を何度も通ったけれど,だから店内に入ったことはなかった。

それが,旨いのと,居心地がよいのとですっかり長居をしてしまう。そのあと,川を挟んで反対側にできたジャズバーを覗いてみた。カウンターに客はひとり。二人で入った。義理の息子は途中で帰ったものの,結局,看板まで飲んでしまった。カウンターの客とはこの地に共通の知人がいるようで,話が合ったり,知らないことを補完し合ったり。

翌週の水曜日は本郷三丁目で終電まで飲み,翌々日に徹や昌己,和之と中野で落ち合う。少し前に見つけた魚の旨い居酒屋で2時間くらい,そのあと,通りがけに昌己がみた看板をたよりに80年代の洋楽リクエストバーという店に入る。妙に居心地がよく,ウルトラボックスやシュガーキューブスあたりをリクエストした。

今週末は数年ぶりの健康診断の予約を入れている。体調は大丈夫だろうか。

「病いは木から成るの」と書いたのは津野米咲だが,「気」を「氣」と書く奴はだいたいやばいと看破したのは誰だったのだろう。

どこかにそのことがひっかかっていた。YouTubeをだらだらと流しながら仕事をしていると,SNSに「シルクロードのテーマ」という言葉が流れてきた。喜多郎か,と思いYouTubeで検索するとすぐに出てきた。喜多郎って何しているのだろう。喜多郎をひっかけて新しいタブでWikipediaに飛ぶ。おお,1981年に「氣」というタイトルのアルバムを出しているじゃないか。このあたりをたどると,「氣」の流れ(流行のほう)がわかるかもしれない。

ということで,ファー・イースト・ファミリー・バンドのリンクをクリックする。ピンク・フロイドのパクリで有名なバンドだ。それくらいの知識しかなかったのだけれど,宮下文夫の略歴をたどると,ああ,このあたりに「氣」の源流のひとつがあるのではないかと感じた。

坂本龍一だっただろうか,どこかで「ファー・イースト・ファミリー・バンドとかツトムヤマシタとか」というくくりに,日本風(後のタタミゼみたいなものだと思う)をばかにしながら批判していたような記憶がある。ツトムヤマシタね。このあたりまったくかすっていないので,YouTubeでファー・イースト・ファミリー・バンドとツトムヤマシタを聴いてみた。

1970年代初めのいろいろなところでの敗北が,こんな感じでねじまがって潮流をつくったのだろうと思った。日本風のはずかしさというか,居心地の悪さを体感しないことには,たとえばミカバンドの「黒船」のシニカルな側面は伝わらないのだろうなあとも感じた。かすっていなかったけれども,ねじまがった潮流のはずかしさだけは上澄みでも染みているので,ああ,こんなことだったのだなあと,勉強になった。散開前YMO時代,坂本龍一の細野晴臣批判は,たぶん宮下文夫やツトムヤマシタのはずかしさをシニカルに対象化せずに,どこか継承していたからではないかなあとも。

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