会社帰りに,家内と買い物にでかける。地下鉄の終着駅につながったそのビルは6,7階建てのビル積み木のようにつながり,北西に空いた一画が駐車場になっている。あたりの団地住人がふだん買い物をするのはこのビルしかない。いきおい人でにぎわっている。その平均年齢が高いことはいうまでもない。
花粉症のせいか,このところのもらい事故のようなトラブルのストレスのせいか,昨日あたりから風邪のような症状が続く。市販薬を飲んでも収まらない。それでも日中の用事が済んだので,家内と買い物にでかえることにした。
二人とも昼食が遅かったので,パン屋のイートインスペースで休憩することにした。18時前,昼の忙しさを経て,この後,閉店までどのような按配でパンが売れるのかはわからない。30㎡の店内を50代の店員ひとりでまかなっている。日中はアルバイト2,3名は入れているのだろうけれども,驚いた。
パンを3つ,コーヒーとスムージーを頼み,パンの1つは持ち帰りにすると伝える。店員はレジを打つと,パンをトレイに移し,コーヒーを抽出するためのセッティングを済ませる。バックヤードに移動してスムージーの材料を持ってきて,クーラーから牛乳パックを出してミキサーに入れ攪拌する。抽出を終えたコーヒーとスムージーをトレイに並べるまで3,4分。費やされた時間が問題なのではない。 部分部分での効率化が図られたがゆえに,労働者ひとりにかかる負荷がただただ増えている。
似たようなことを感じたのは2000年前後だった。それまで経てきたプロセスと必要な人員が“破壊”のもとになしくずしになった。刹那的なやりとりが増えるごとに,さまざまなレベルで“破壊”が繰り返された。しばらくすると,後追いのようにシステムがつくられ,個人への負荷が軽減された。
近年感じる労働者ひとりへの負荷で,四半世紀前と決定的に何が異なるかというと人手がないということだ。
パン屋の店員は,私たちの後,2組ほどの客に対応すると,続けてパンの補充を始めた。イートインの客が残したディスポーザブル食器を片づけ,カップを洗い,トレイを拭いて重ねる。
少なくとも1970年代くらいまでは,分業について検証され,数冊を捲ったことがある。当時も領域によっては必ずにも人手が足りているとはいえないなかで分業が行われていた側面を承知の上,それでも人手がないという状況で分業は想定されていなかったはずだ。この場が潰える可能性を想定した検証はされなかったように思う。人手について検討するとき,今,多くの場合に登場するのが「この場,この組織がなくなってしまったら改善も何もない」という脅しのようなものだ。そういう強い言葉とは,さよならをすべきなのだろうと思う。