彼はテレポートできたのか

買ったまま,読み終えない本の代名詞が『薔薇の名前』であることは,われわれの間では別段,恥ずべきことでなかった。しかし……。

奇妙な読書体験がある。実に面白いストーリーなのに,あるところまでくると,どうにも意味が理解できなくなる。4度読み返して,4度とも同じ箇所から,先へすすめなかった。翻訳小説,それも悪名高きサンリオSF文庫だったので,訳のためだと思っていた。

その小説は密かに改訂がすすめられており,著者の死後,改訂版が新たに出版された。
今度はすっきりと読み終えた。読み終えたはいいが,どうも同じ小説には思えない。度重なる頓挫の後,初版を今一度読み返そうとするほどの勤勉さは持ち合わせていなかった。以後,初版は実家で埃をかぶったまま時を重ねている。謎は何一つ解決していない。

問題の箇所は,主人公が,その後どうなるか定かでないまま,テレポートして遥かな地をめざす,そのあとだ。まるで自分がジャーゴン失語に陥ってしまったかのように,意味が辿れなくなる。

今になってみると,改訂版はストーリーすら記憶の埒外にある。初版の圧倒的な読書体験には,まっとうなストーリーでは太刀打ちできないということだろうか。
初版のタイトルを『テレポートされざる者』という。著者は,フィリップ・K・ディックだ。

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