Admirable Restraint


1970年代初めのコンサート会場。英国のロックバンド,キング・クリムゾンのドラマーであったビル・ブラフォードは後に“Trio”と名づけられる即興演奏が始まった途端,握ったスティックをからだの前でクロスさせた。彼はその曲の演奏が終わるまで,音を鳴らすことはなかった。

その演奏がアルバム“Starless and Bible Black”に収載されたとき,彼は“Admirable Restraint”(賞賛に値する抑制)と添えられたうえで,作曲者としてクレジットされる。

インターネットが1970年代はじめに普及していたら,火田七瀬の葛藤はSFとして成り立ち得なかったように思う。「感情の劣化」ならまだ救いはあるが,もともとこんなものだよ,といわれても,異を唱えることができない。

巧拙を考えるとき,ブラフォードの主体性に思いをめぐらせる。

それから数十年。平沢進によるインタラクティブ・ライブがインターネットに拡大して企画された初期の頃のこと。サーバのキャパシティを超えユーザのアクセスがあり,ダウンしてしまうことしばしば。そのときだったろうか。平沢からのメッセージがサイトにあげられた。いわく,参加しないという選択でライブに参加する,という選択肢を選ぶ人が出てほしい,という趣旨だったと思う。

もちろん都合のよい話だ。

ただ,ビル・ブラフォードと平沢のメッセージの共通性,そして差異について考えたのは,たぶん東日本大震災後の計画停電のときだったと思う。当時,そんなことを記した記憶もある。

SNSに参加してなお,火田七瀬にも似た葛藤のような「なにものか」を抱えながら,ログアウトするのは容易い。にもかかわらず,ビル・ブラフォードのように胸の前でスティックをクロスさせる所作をとることで,そこから見えてくるものがあるような気がする。

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