珍来


喬司はB級グルメやファストフードにうるさかった。吉野家の牛丼やモスバーガーの食べ方など,彼のスタンダードを嬉々として披露する。

彼は味噌ラーメン好きだ。だから,美味い店でしか味噌ラーメンを頼まないという。

「美味いかどうか,食べてみないとわからないじゃないか」昌己がそう問うのは当然だ。

「それが違うんだよお前らは,まったく」

一言一句意味がとれない言葉を返されて,喬司がどうやって美味い味噌ラーメンにたどりついているのかは結局,わからなかった。

その日の午後,われわれは喬司がはじめて味噌ラーメンを頼む姿を珍来で見たことになる。どうしてこの店の味噌ラーメンが美味いと判断したのかはわからないので,もう一度尋ねてみたものの,「花板が」とか何とか,適当なことばかり言ってくる。

「ラーメン屋に花板はいないだろう」

「兄弟でラーメン屋やってて,兄は麺づくりに長けていて,弟はスープが……」

「美味しんぼのネタじゃないか,それ」

「兄弟でやっているパスタ屋だってあるかもしれないぜ。麺づくりに長けている兄とソースづくりに……」

その土曜日,われわれはそれぞれラーメンをとり,ギョウザは分けて食べたような気がする。

「今日はラーギョウだな」

「何で省略してつなげるんだよ」

「チャーギョウも捨てがたいんだがな」

「うるせえな,まったく。チャーラーはどうよ」

「そりゃ,食いすぎだ」

いまさら思い出すのもばかばかしいやりとりを珍来で繰り返した。

喬司がどうやってたどりついたのかわからないものの,珍来のラーメンは美味かった。美味いものの,500円を超えていたから,それから後,懐具合がさびしいときは焼きそばを食べることが多かった。焼きそばは400円しなかったはずだ。いくら昭和といえ,60年代に入っているにもかかわらず400円は安い。独特のぶつ切り麺をオイスターソース で炒め,キャベツともやしが麺と同じくらい入っているもので,肉はほとんど見えなかったから,それは私にはまったく都合のよい食べ物だった。

われわれは裕福なときよりも,そうでないときのほうが圧倒的に長かったので,美味いラーメン屋で焼きそばばかり食べていたような気がする。どうすればそんなことができるのかわからないが喬司のように美味いから頼んだのではなく,頼んだら美味かったのだ。

喬司も徹もネコ舌だったので,珍来のギョウザでよく火傷をした。餡が熱くなっているとわかっているにもかかわらず,目の前に皿が並ぶと,すぐさま箸を伸ばしてしまう。毎回,「アチッ」と繰り返すものだから,昌己など「お前ら,本当に頭悪いんじゃないか」と面と向かって言ったりもした。

珍来とわれわれの愚行については,キリがないほどエピソードが記憶の地層に埋まっている。

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