大中


World Happinessで高橋幸宏の姿を見た途端,徹が人民服と人民帽を普段着にしていたことを思い出した。

連れ立って,むげん堂にもよく通ったものの,買うのは香や小物ばかり。洋服を買うのを目にした記憶はない。多摩っ子にTAKA-Qが蔑まれたのと同じく,むげん堂の洋服はその頃,「インド野郎」と一括りにしたクラスの制服でしかなかった。

人民服は恰好よくて,インド系はダサい。1980年代半ばのこの感覚を文字にするのはなかなかむずかしい。何せその頃,インドとラスタさえ混在していたのだ。まあどちらも私たちにとってはフィジカルすぎに映ったから区別する必要はなかったのだろうが。

フィジカルなものはリアリティを引きずるから,ノンフィジカルなものに架空を憧れる。そうやって徹頭徹尾,架空に生き得ることの可能性を感じた数年間が,たぶん80年代の半ばにあったのだ。

徹にとって人民服と人民帽はノンフィジカルの象徴だったのかもしれない。

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