サブカル


昼過ぎから外出。家内,娘とクリクリで昼食をとる。娘とわかれ,家内と野方経由で高円寺に行く。仕事着にもなるトラウザーズを見繕う。一軒目で決まり,裾上げを依頼して出る。十五時の犬が開いていたので覘く。島田一男の文庫を100円で購入。手に入れた本のリストをつくっておかなければ,近々,二重りそうだ。

あづま通りから庚申通りに抜け,古本さんかくやままで行く。石丸元章の『ウワサを追いこせ!』(1,2)を購入。家内の買い物に付き合いながら,中通りの先の喫茶店で休憩。ルックの突き当りまで行き,閉店セールが始まった帽子屋で帽子を購入。娘と待ち合わせ,夕飯をとり,東中野経由で帰ってきた。

80年代のサブカルは個人の趣味から始まった気がする。前提にあるのは,他者を巻き込まないというか,他者で嗤うことではなかった,のではないか。根本敬のマンガに登場する村田は,だからあくまでもマンガのなかの話で,同様の所作を蛭子や浮浪者に行なう根本は,ネタにはなったけれど,他人の操作に向かう点だけとってみても異質だったはずだ。

同時に,私たちのまわりでは洗脳に対する拒否反応のようなものがあって,自己啓発セミナーや新興宗教,原理研などの手法を用いようとは思わなかった。スキナーとミルグラムについて知ったことはそれなりに影響があったのかもしれない。

ある時期から,自己啓発セミナーの手法を用いて,他者を操作して嗤う態度がサブカル界隈に入り込んだ。元々,ダサかったサブカルが(それなりに)スタイリッシュに映るようになったのとそれは同時だったかもしれない。

サブカルと新興宗教をつなげてしまった平井和正,「つながりたければ私をみるな」と吐いた平沢進がその数年前,シルバメソッドに絡め取られてしまったのは,いまさらいってもしかたないけれど,どうにかならなかったのだろうか。

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