ビッグ・スヌーズ

同じ主人公によるシリーズ,連作などでは,その印象を強固にするために,脇を固める人物を何度も登場させる手法がしばしば用いられる。二村永爾が登場する小説は「新潮」連載中の「ビッグ・スヌーズ」を含めても両手の指で数えられるくらいだ。ところが,二村永爾の物語ほぼすべてに登場するのは神奈川県警の小峰課長だけ,由とヤマトが2作(『THE WRONG GOODBYE-ロング・グッドバイ』として単行本にまとまるまでの何度かの連載などを含めるともう少し増える)。シリーズを通して,しばしば登場するキャラクターはいない。海外の探偵小説ではそれほどめずらしくはないものの,戦後のわが国の推理小説としてはあまり例がないのではないだろうか。

「新潮」1月号の「ビッグ・スヌーズ」に織原征夫が登場した。さまざまな漢字で表記される「りょう」はじめ,克哉,英二など,同名で造形もほぼ同じにもかかわらず,その都度あらたに世界をつくろうとする著者のことだから,この織原征夫も同姓同名かもしれない。ただ,『真夜中にもう一歩』に登場する織原征夫はかなり吹っ飛んだキャラクターで,もとが『不思議の国のアリス』を脱胎した物語の登場人物だから,なおさら印象に残る。

今回,二村と織原がシェークスピアを引用して語り合う場面がすばらしくて,何度も読み返した。昭和の著者ならば「一瞬,グラスのなかを氷が泳ぎ,その音が,ランプシェイドに拭き残された綿埃を降らせた。天気予報より早く,今年最初の雪を目にした見習いは,チーフに見つかりはしていないか首筋を欹てた」みたいな情景描写(あくまでも「みたい」であって,適当につくった雑な文章だけれど)でバランスをとっていたところを,会話だけで描き切る。(加筆予定)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Top