7年前,ジュンク堂がまだ新宿に店を構えていたころのこと。降ってわいたかのように会社でアルバイトが必要になった。あてがないまま数日が過ぎた。Webのニュースでその書店が閉店の企画で賑わっていると知った。閉店するのか。

2か月ほどは家内のつてを通じて,アルバイトのめどがたった。その後をどうしようかと悩んでいると,その書店でアルバイトをしていた彼に話が伝わった。経緯はとっぱらって続けてしまうと,1か月の引き継ぎをはさみ,連休明けからは,彼がアルバイトとして入った。

数か月後,ドラスティックな規模で事務所移転が決まり,不用品は3トントラック数台分に積みあがった。その片づけで中心になったのは彼だった。書店のバックヤードを逃れたはずが,いちばん時間がかかったのは,それをはるかに上回る規模の雑誌,書籍の廃棄だ。

夏の真っ只中,小奇麗にレイアウトされた新しい事務所で,本式に仕事がはじまった。Web関係に慣れた様子だったので,会社のサイトの更新は彼に任せることにした。タブを加えた程度,1997年に立ちあがった頃から基本デザインにほとんど手を加えていないサイトは,更新するよりも,一新したほうがよさそうだ。私がこのサイトをWordPressに移し,使い勝手がよかったこともあり,「WordPressでサイトをつくりなおしたいのだけれど」と彼に相談した。二つ返事で進めるような浮薄なところはないので,考えてみますとそのときは言われたような気がする。

それからしばらく後,時間が空くと,PHPを調べ,試しだめしサイトを構築している様子だった。彼の仕事はサイト管理専門ではないので,営業の仕事の傍ら,私や他の社員からの面倒くさい頼まれごとを済ませ,空いた時間にコツコツとサイトをつくっていた。

テーマを使い,今風のページを構成するとばかり思っていたところ,できあがったのは,1997年にアップした当時のホームページのデザインをほとんどそのまま再現し,にもかかわらず中身はWordPressという不思議なサイトだ。一から調べ組み上げるのだから,できあがるまで,かなり時間をかけた。

スマホやiPhone用のサイトも同時にできあがり,こちらは今風の見栄えで,よもや20年以上前のデザインを踏襲しているとは思いもしない出来だった。

途中で,こんなページをつくってほしい,登録者にパスワードを自動で送りたい,いつの間にか,私のそうした相談を彼が具体化するのに数日あれば足りるようになった。

サイトのアクセス数はその後,順調に伸び,月間アクセス数は多いときで以前の3,4倍,これは今も続いている。

アルバイト待遇のまま,数年が過ぎた。ヴェルマ・ヴァレント号を操る(チャンドラーではなく矢作・司城)アルコール中毒の船長のような舵取りの会社は 慌ただしい時期で, 彼の待遇に心を砕く余裕がなかった。そのことは本当に申し訳ない。

いくつかの経緯から,彼を正社員として雇用する話で交渉が進んだのは昨年年末のことだ。最後の週に,2月をめどに正社員として働いてもらうことで話がまとまった。待遇などは年が明けてから詰めていくことになったという。

年が明けた。そして彼の訃報が届いた。30歳を少しだけすぎた彼には,やり残したことどころか,これからすべきことがたくさんあっただろう。気がつくと,そう考えてしまう,一日だった。

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