キリ番

赤い公園がアルバム「猛烈リトミック」をリリースする少し前,どれくらいの期間アップされていたのか覚えていないけれど,特設ページがつくられた(その後,ふつうの特設ページがつくられたので,以下,その前のもの)。このページが強烈で,インターネットでウェブログが雨後の筍のように登場する前(2004年くらいまで)のサイトをなぞったようなものだ。当時を知るものには,CIAのアナリストにサイコトラウマを探り出され,グリグリとキリをねじり込まれるかのような痛みをともなうような見事な出来だった。

つまり,トップページには累計と今日の来訪者数カウンターが付いていて,キリ番自己申告のコメントも当然,ある。強調したい文字は横に流れたり点灯したりする。使われている色はRBG256色の強烈なモノ中心で,にもかかわらず全体は昏く映る。カウンターはアクセス数把握の役割は果たすことなく,誰がアクセスしてもキリ番(もしくはその前後)だったような記憶もある。

アーカイブでたどることができた!(これ)あれこれ書くより,これを見てもらったほうが早いし,ある種のセンスは伝わるだろう。どうぞ広めてください。

本や他のサイトを参照に,手打ちでつくったホームページそのものを2014年に再現したものだ。昨年あたりにこのコンセプトを再現するとなると,フラッシュ動画からはじまりエンターページをクリック,さらに画面全体にコンテンツが広がり,こちらはただただなすすべなく,数分待ったうえで,探しているページをクリックできるような仕様になるだろうか。 

アップされたばかりのページのURLを昌己に送ると,無茶苦茶よろこんだ。ただ,この手のずらし方をたのしむ層は限られているだろうし,バンドのアイディアなんだろうか。おれたちと同世代の裏方がやっているんじゃないかと勘繰ってしまうな,と,あまりにもツボを押さえたネタだったので,若干訝しむ様子がうかがわれた。

赤い公園のカウベルの入り方は,あぶらだこの伊藤を思い出させ,「つぶ」はホルガー・ヒラーの痙攣ロック,もっと遡れば,キャプテン・ビーフハートにさえつながる。引用やトレースのセンスには世代が匂うもので,この頃までの赤い公園のネタはわれわれと同世代感が匂うものだった。

アルバム後のツアーだったか忘れてしまったがEX Theaterの客電が絞られるなか,「1曲目は『つぶ』じゃないかな」などと話していた私と昌己は,まあ,吉祥寺の曼荼羅でジョン・ゾーンのライブ前,メンバーのルックスが強烈だなあと笑い合う声が,まじめな若者(せいぜい3,4歳しか違わなかったはずだけれど)の癇に触れたのか,「さえないのはお前らだろ」と聞えよがしを言われたときと,さして変わらない心根だった。

このときの1曲目は,データで流れる「木」のギターリフに合わせて,津野,歌川,藤本がステージに登場し,それぞれギター,ドラム,ベースを合せて始まるという見事なものだった。ドラムはもっと暴れて始めてもよかったかもしれないが,まあ真面目な感じではあった。

当時のライブは,同期との葛藤だったのではないかと,一度書いた記憶がある。リズム隊を中心にもっと同期を取っ払って演奏したほうが面白くなりそうな感じがした。結局,第1期時代は同期を外すことはなかったものの。

第2期になって,同期をやめたライブは新鮮だった。それでも試行錯誤は繰り返す。「消えない」の初っ端,津野,藤本がころがしに乗って始まるところは,あまり必要ないように思った。赤い公園は終始,そこじゃない感を抱え込んでいた。ここじゃない,ではなく,そこじゃない,だ。それを私は「木村拓哉風味」と名付けている。たぶん,赤い公園の木村拓哉風味は津野が抱えていたものだと思う。

第2期を見たのは水戸のライブハウスが最初で,ロッキンジャパンで観たのが最後。家内と娘がEX Theaterに行った日,私は踊ってばかりの国のライブを東京キネマ倶楽部で徹と那智君と観たはずだ。

TLに流れてきたレッパーさんという方のnoteを読んでいたら,最後のあたりで,きっちりと分析したかのように映るエントリに違和感をもっているような箇所があって,せいぜい,くるりとキュウソネコカミとのライブ後,ファンになった私であっても,似たように感じる文章ほど見つかりやすいので,あれこれ書き連ねてしまった。「キリ番」で書く内容じゃないな,これ。

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