10/10

夕方から中野で打ち合わせ。18時過ぎに終わる。まだ雨は降っていない。サンモールの中華一番館で休憩。初めて入った。高田馬場や池袋東口の店は一時,利用していたころがある。とにかく安いのがよくも悪くも特徴の店で,ハイボール1杯110円,餃子4個,干し豆腐を頼んでも500円かからない。適正な価格範囲のなか,料理と料金を天秤にかけ,行きつけの店が決まることは少なくない。中華一番館は,適正な範囲からどうみてもはずれている。行きつけにならないのは,それが理由だろう。

サッと飲み,中野ブロードウェイを少しだけ巡る。早稲田通りに出ると小雨が降ってきた。古本案内処で新書を3冊購入し,店内をチェック。あいロードを通って新井薬師前駅に向かう。雨は小降りになってきて,少し強くなったあたりで駅よりの五差路まで辿り着く。ここからは雨避けがあるので,くぐって駅までほとんど雨に当たらずに済んだ。中井に着くと,雨は止んでいる。

今週末,徹がつくった自宅のシネマルームで,70年代のくだらない東映映画を観るはずだったのだけれど,台風直撃の予報のため,翌週に繰り延べることにした。もともとは前回の台風直撃のときに予定していたもので,呪われているのだろうか。

事件

横溝正史原作の『犬神家の一族』を映画館で観た記憶はない。テレビで放映されたときに見て,それより前にTBSのドラマシリーズで小説の内容を知ったはずだ。当時,横溝正史が描く田舎の因習と戦争が絡み合って起きた殺人事件をめぐる物語は,せいぜいホラー映画の一翼を飾る程度のものとしてしか映らなかった。

昭和の終わり頃,美輪明宏が江戸川乱歩を特集した雑誌のなかで,「乱歩先生は都会的で洗練されている。横溝正史は田舎の肥溜めの匂いがして嫌い」という趣旨の発言をしている。1976年から数年間,自分が同じように感じていたことを思い出した。

1977年,森村誠一の推理小説が爆発的に売れた。東大出のホテルマンの問題意識を褒め称える斯界に悪態をついた(当時の)矢作俊彦は,当然のように横溝正史の小説にもNoを突きつけた。

1975年あたりに,古本屋に足を踏み入れ,そこで出会った春陽文庫の傑作選で大正から昭和初期の江戸川乱歩作品に魅入られてしまった私にとって,横溝正史はもとより,森村誠一の小説を手にするようになるまで,数年の時間が必要だった。

亡くなった上司は,胃潰瘍で入院中,角川文庫の横溝正史を読み漁ったという。私が嫌いだった田舎の因習を,上司は「村長」「僧侶」「医者」がまとめる村落共同体と容易く言い放った。それはそうで,だから私はそれが嫌だったんだけれど。

あまり同意が得られないことの1つに,江戸川乱歩よりも横溝正史の表現のほうがエグい,というのがある。時代小説をはじめ横溝正史には読み残している作品がまだまだあるものの,特に1950年代に書かれた作品は,乱歩とは違う意味で無茶苦茶な表現,つまりそう表現してしまう小説的状況が多々ある。横溝正史は「サービス精神」の一言で片づけたものの,あれはもともともっている資質ではないかと思う。

週末

土曜日は二日酔い。午後から床屋に行き,そのまま会社で2時間ほど仕事をする。高円寺に行き,家内と待ち合わせ。娘は体調が芳しくないそうだ。家で休んでいる,と。

中央図書でBTのダーガー特集を購入。このところ越後屋書店が開いているときに遭遇したことがない。十五時の犬もなかなか開店に合わせるのはむずかしい。この日も休み。庚申通りの突き当り近くにできたケーキ屋へ行き,とりあえず休憩。隣のテーブルで友人と思しき人が集まって,にわかの結婚パーティーのようなことをやっていた。古書サンカクヤマの均一棚から「SFマガジン」の1971年増刊号を購入。

買い物をしてpalからルックへ。東高円寺まで行きブックオフに寄る。戻ってきて,高架下のチーズ喫茶で夕飯。野方経由で帰る。昌己は高円寺で日常品の買い物というイメージはまったくなくて,それよりも中野だろうというものの,日常品は高円寺のほうが手頃な気がする。

日曜日は9時から17時まで研修会取材。武蔵小杉で降りたのは50年振りくらいかもしれない。日吉から溝の口あたりに出るとき,南武線への乗換駅,それだけのための駅という記憶しかない。駅前は賑わっていた。湘南新宿ラインで池袋まで行き,高田馬場まで戻り,ブックオフを覘く。均一棚から草野唯雄『瀬戸内海殺人事件』(春陽文庫)を購入。

夕飯は中井のサワディーで待ち合わせ。数か月ぶりに復活してた。10年以上前,タイに還ったおばさんの後を継いだタイの方数人のうち,一人が戻ってこられてた様子だ。メニューは少し絞られていたものの,サワディーらしさが戻ってきたように感じた。

家に帰り,疲れてしまったので2時間くらい眠る。一日,雨に降られなかったものの,ようやく秋の気配が感じられるようになった。

10/7

会社帰りに伊野尾書店に寄る。「新潮」11月号を捲ったものの,矢作俊彦「ビッグ・スヌーズ」は休載。長年,ファンを続けていると,文字数が必ずしも質につながらないことは十分心得ているつもりだ。旧作をスキャンして,プロの原稿用紙ブローカーの名を轟かせるのではなく,短くとも一度読んだだけでは理解できないけれど魅力的な文章を紡いでいることを確信して次号を待つ。ただ,「悲劇週間」の最終回のような例があるので,長いからといって穿った見方だけではないけど。あ,「常夏の豚」の最終回は少しだけ「眠れる森のスパイ」が入っていたなあ。どちらも最終回でボリュームが増えたとはいえ,それぞれだ,それは,たぶん。

本の山のてっぺんに1978年の「ミステリマガジン」が乗っていたので,布団に入りながら「真夜半にもう一歩」の最終回を久しぶりに読んだ。これも長いもので,最後の場面に手を入れさえすれば,『真夜中にもう一歩』ほど改変せずに出してよかったのではないかと,思う。その場合,「アメリカ人にさよならを言う方法」でシリーズがまとまらないとはいえ。今になってみると『フィルムノワール/黒色影片』で縛りはなくなってしまったし,と行ったり来たり。

Mac Fanと『プレイボール2』の新しい巻を購入して帰る。岩波の「図書」を引っこ抜いてきたものの,目次をみただけで目を通していない。

サワディーに灯りがついている一方,居酒屋兄弟は「しばらく休業」との張り紙。正直,どちらか一店開いていればありがたい,という程度にしか利用していないものの,少しさびしい。

山形

夕方,昌己に連絡して,夕飯をたべることになった。

19時に新井薬師前駅で待ち合わせる。池袋線が事故の影響で,新宿線も遅れていた。南口の商店街を歩き,五差路を左に折れ,最初のT字路を右に入る。しばらく進み,右手奥に銭湯だった建物が見えてくると五香菜館だ。

30年ぶりに入った昌己は筆舌に尽くしがたい思いがあったようで,ときどきため息を吐く。内装はほとんど変わらず,おじさんはおじいさんになったものの,声や様子はそのままだから,安易な表現だけれどタイムマシンで過去に遡ったかのよう。

最初は混んでいたので,餃子とビールで店の雰囲気をたのしむ。贅沢なのかどうかよくわからないが。客が少なくなったあたりで,手打ちみそラーメンと手打ちつけ麺を頼む。ネットでの書き込みでは,味が変わったとか何とかあったものの,ここ何回か来て,そうは感じなかった。

21時前にお勘定して駅に戻る。もう一軒入ろうかと,ぶらぶらしていたところ,出禁になった田助があったビルに山形料理の居酒屋があるのを見つけた。旨そうなので入ってみた。樽平は,もともと江古田北口にあったそうで,五香菜館で昌己の会社に武蔵大学卒がいて,江古田コンパの話になったと聞いたばかりだったので,江古田に縁がある日だなと思った。

日本酒とお通しでしばらくご主人と話す。秘境カメラマンだそうで,店内に飾られている写真はご自身で撮影されたものだとか。一番恐ろしかったのはパプアニューギニアで,ええ,それは諸星大二郎の『マッドメン』の舞台じゃないですか。それを細野さんは間違えて「madmen」という曲にしてしまったというよくあるトリビアを思い出す。

いも煮は,十分な一品料理で,何とも美味しかった。江古田時代に通ってきたマンガ家の話といいご主人のネタは尽きない。金曜日の夜に客は私たちだけだったのが少し気がかりではあった。

23時を回ってしまったので退散する。帰りながら昌己が「また,出禁になったりしてな」と。

樽平酒造の酒は二日酔いにならないと太鼓判を押されたものの,翌日,ひどい二日酔いだった。

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