禁を破る

この日記なるもの,とにかく今日のことは書かない,昔のことだけを書こうと決めていたが,今日ばかりは記さずにおれない。

なんと,ダディ・グースの単行本『少年レボリューション』が刊行されたのだ。 2,500円も高くはない内容。
編集者の仕事をあなどっていた。こんな企画を実現させるなんて,これはひとえに編集者の力技がならしめたところだ。
石森章太郎の担当者も見習え(現在流布している,サイボーグ009「地下帝国ヨミ編」「リュウの道」の原稿の汚さといったらない)と檄をとばしたくなる出来。原稿ないのに,ここまできれいに復刻するとは。
それに十二分に応える内容も内容。しばらくは堪能の日々が続きそうだ。調子が狂ってしまった。いやはや。

一言

途中の一言が,緊張感を削ぎながらもインパクトをもつ曲がある。
あぶらだこの“BUY”のブレイクの間の手「よし」。
町蔵の「気狂うて」の間奏の「なるほどな」。
しいてあげれば筋肉少女帯「いくじなし」の「だがしかし」。
一度,この3言だけで曲ができないものか思案したが,結局うまくいかなかった。

なぜかP-MODELにはこういう決めの一言はない。“REM SLEEP”の「おはよう」以外は,基本的に雄叫びだ。それはそれで格好いいのだが。
もとい。「旬2」の「ダーリン」があった。

中卒さんのスタジオ

2人ではじめた社会人バンドに学生時代の友人が加わり3人になった。ベースはいなかったものの,ウインド・シンセでメロディを吹きながら,ベースラインをフォローする和之の能力に助けられ,曲もできあがってきた。
3回目のスタジオ入りのときだったろうか。浮かない顔だった。
「結婚するんだ」

しばらくの沈黙。
「聞かなかったことにしてやろう」
昌己が言った。

振り出しにもどってからが長かった。

2人では,TGの“HEATHEN EARTH”みたいな曲になってしまう。オール・イン・ワン・シンセの導入は当然のなりゆきだった。シーケンサに併せての演奏。カチっと決まるはずが,今度はホルガー・ヒラーかはたまたスキニー・パピーのような音になってしまう。

数年間,都内のスタジオをわたり歩いた。
そのスタジオがどこにあったのか覚えていない。
結婚して子どももいた友人を巧みに誘ってスタジオ入りしたときのことだ。ホールで缶ジュース片手に乱雑に張り散らかされたチラシを眺めていた。

「死ね死ね団のライブ告知だぞ。まだ,やってたんだ」
「そういえば,“中卒”ってメンバーいたよな」
「いた,いた」

スタジオを出て清算をしていたときのこと。
昌己が「死ね死ね団って,やってるんですね」
何気なくスタッフに声をかけた。
「メンバーに中卒っていませんでしたか?」
「僕が中卒です」まさか……。
そのスタジオを営んでいたのが,“中卒”さんの親戚(だったと思う)だそうだ。

しばらく後,予約を取るために連絡すると,店を畳んだということだった。

ロックと野球と関西人

あらためてその事実を確信したのは,町田町蔵詩集『供花』の大座談会のラストを目にしたときだ。出席者クレジットの「山本五十六連敗」はひとつの衝撃だった。「そりゃ,イソロクやろ!」と関西弁で突っ込み入れるまでもなく,センスのよさと,常識はずれの56連敗という語彙に笑いが止まらなかった。その後,いろいろな場面で盗用させてもらったことを告白する。

さて,そこからさらに遡ること5年。4-Dのアルバムに「ヒロセ」というタイトルの曲があったことを思い出した。当時の阪神監督名がタイトルの由来だ。歌詞は「ヒロセ怒りの日」+当時の打順が連呼されるもの。音は格好いいのだが,何せ締まりのない歌詞。この組み合わせは,町蔵の「どてらい奴ら」(漢字が出ないが)で,すでに試みられていたことに気付いたのも同じ頃のことだと思う。
アメリカでは,野球というと映画と結びつくが,関西ではロックと野球の分ちがたい関係があることを確認した。

決定打は,アルケミーのオムニバス「愛欲人民十二球団」だ。登場するバンド名が,読売ジェントル・ジャイアンツ,南海ホークウインド,広島東洋カーブドエア。プログレとの相性がいいことも分かった。阪神タイガース・オブ・パンタン,ロッテオリビア・ニュートン・ジョンは,ひと捻りほしいところだ。
ノイズバンドは,カラオケボックスにおけるキャンディーズの熱唱を作品として収録してもよいことも教えられた。

プレスリーは戻れない

ロンドンはずれにある,そのパブでは月に何回かエルビス・プレスリーのものまねショーが開催されていた。

物見遊山で出かけたときのこと。
探し出し見つけたそのパブは,ビルの地下にあった。急な階段を降りきると,扉はなく,そのまま店内に続く。少し広めのカウンターとテーブルが数席。バンドが入るスペースはなかった。
スタートまで時間はあったが,それにしても閑散としていた。空気は澱む。カウンターに4名。テーブル席は1つが埋まっているだけだ。地味な男の隣に席をとった。

そろそろスタートになろうかという時間,店内の照明が落ちたものの,プレスリーらしき人物は登場しない。と,テープが流れはじめる。やはりカラオケなのだ。
やおらステージに登ったのは,隣の地味な男だ。

「プレスリー? まさか??」
あまりのギャップに,わが目を疑った。

スポットライトを浴びる彼は,相変わらず地味ではあったものの,それなりに見応えはあった,としておこう。
ラストの曲,客に手を振りながらステージを降りた彼は階段の奥に消えた。明るくなった店内には,緊張感のない空気が相変わらず漂う。

ウイスキーをもう1杯飲み終えると,最後の客になっていたことに気付き,席を立った。外はすでに暗い。階段の途中に何やら人影がみえた。そこから3歩。そ奴は,さっきまで歌っていたプレスリーだ。目が合った。恥ずかしそうに頷き合うと,彼は階下にもどっていった。

どうやら,あのパブの出入り口は1か所しかないのだ。1ステージ終えると毎回,彼は客がすべて帰るまで,階段途中で待っているにちがいない。

それにしても,なぜ,ロンドンでプレスリーなのだろう?
容姿さえ記憶の彼方にある。覚えているのは,彼の律儀さだけだった。

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