雑誌


昭和50年代の終わり頃,定期的に購入していた雑誌は何冊くらいあったろう。当時,矢作俊彦が数誌に連載やら定期的に原稿を執筆していたため,いきおい手に入れる雑誌の数が増えた。同じような状況はそれから数年後,昭和の終わりから平成にかけても起こったけれど,実はその頃は,矢作俊彦の文章が掲載されているからといって,すべてを買い求めていたわけではない。

大川悠氏が編集長時代の「NAVI」は,ページのそこここに面白いものが潜んでいるように感じ,つい1冊まるまる読んでしまうことしばしばだった。スズキさんが編集長になってからだ,実はそうした面白みを「NAVI」から感じられなくなったのは。それでも,矢作俊彦の原稿が掲載される号だけは手に入れた。他の記事を読むことはほとんどなかったのだけど。

スズキさんが編集長になってからの「GQ」は3冊だけ手に入れた。今日発行された9月号には「『除染モデル実証事業』の真実は何か?(前編)」と題するレポートが掲載されている。買って読む内容だと期待して,読み終えて,次号も買って読まなければとは思う。

ところが,他に読むところがほとんどない。幸い,広告記事が別冊になっていたので,大塚駅のゴミ箱に放り込んできた。すっかり軽くなって,帰宅途中の山手線で矢作俊彦の記事だけを読んだ。

たとえば,「新潮」で都筑響一が連載している「夜露死苦現代詩2.0ヒップホップの詩人たち」のような原稿が目の前に飛び込んでくるのが雑誌の面白さだと思う。

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