引擎/ENGINE


矢作俊彦の『 引擎/ENGINE』(新潮文庫)を読み終えた。増刷の際に修正が入ったと読んだ記憶があるので,単行本と比べてみると,最初のあたりから手が入っている。もっとも凄いのは最後のくだり。時代を一気に4年くらい引き寄せて差し替えられた箇所があった。これは文庫本化の際に手を入れたのだろう。

  • 1 単行本(p.5.)

    銀座の上空にたれこめた雲の裾を朝日が切り裂き,光が狭い通りをしたたかに打った。
    町はまだ寝静まっている。最初の新聞配達が通り過ぎたばかりだ。
    (中略)
    游二は運転席と荷室の仕切り戸を,また閉じた

  • 1 文庫本(p.7.)

    銀座の上空にたれこめた雲の裾を朝日が切り裂き,光が狭い通りを強かに打った。
    町はまだ寝静まっている。最初の新聞配達が通り過ぎたばかりだ。
    (中略)
    游二は運転席と荷室の仕切り戸を開けた

  • 2 単行本(p.337.)

    目の前で同盟国が攻撃されても,この国の軍隊は反撃もできない。

  • 2 文庫本(p.438-439.)

    今のこの国は,中国の台頭と格差社会で不安と憎悪が充満している。(中略)この一撃でアメリカのプレゼンスの衰退は十年は早まるだろう。国会では交戦規定の大幅改定と敵地攻撃論が議論される。ツボにはまれば,世論が改憲をリードするかもしれない。
    (中略)
    憲法九条にノーベル平和賞なんて動きに焦ったのもあるんだろう。(中略)あれは国際社会とか呼ばれているクソッたれな社交団体からの拒否反応だ。日本を普通の国にはさせないってメッセージだ。米中露,それに英仏,第二次大戦の戦勝国クラブ,つまり“戦後レジーム”は,今も健在だってことだよ。

このくだりは,いずれも以下の文章に続く。

専守防衛っていうのは,自国の領土内でしか戦争をしないってことだぜ。そんな戦法を重んじる軍隊は,世界のどこにもない

結城昌治は,真木シリーズの二度目の文庫本化のときだったろうか,物語の時代背景を後ろ倒しするために手を入れたところ,特に人物造形上,かなり無理のある内容になってしまった。

それに比べると,凶手が4歳年をとった程度。増刷であれだけ手を入れた『ロンググッドバイ/THE WRONG GOODBYE』でさえ,文庫化されたときに,さらに修正が入っていた。以前にも記したけど,その所作は,生前,増刷のたびに『虚無への供物』に手を入れ続けた中井英夫を思い起こす。

矢作俊彦の小説(共作は除く)のなかでもっとも禍々しい『 引擎/ENGINE』は,それゆえに幸福な一夜が大人のお伽噺のような印象を残す。

読み返さないと全容を理解するのが難しい。しかも,決して魅力的とは言いがたい登場人物。にもかかわらず結局,今朝から再び,冒頭のページを捲り始めてしまう。今度はメモを取りながら物語を追ってみることにする。

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