口だけ


秋のアレルギーのせいか咳が続くので,早めに仕事を終えて,会社近くの診療所に寄った。アレルギー症状を抑える薬を継続して様子をみることにする,池袋でビールを飲みながら大塚英志『感情化する社会』(太田出版)を読む。この前手に入れてからざっと読み終えたものの,気になるところがいくつもあったので,行きつ戻りつしながらページを捲っている。「感情労働」が少しブームになったときに,医療と労働の関係をきちんと整理しておけばよかったのかもしれない。高田馬場で「新潮」12月号を購入。手塚治虫が描くフォルムは,気持ちよさと正反対の方向で感情を刺激する。矯正をかけないフォルムをどこかでみたくなるような感覚。でも,決して巧くはないと思う。

シゲさんについては,10年くらい前の日記に記した記憶がある。(ここここの#4にアップした)出張先の上海で,メールをチェックしたら昌己から訃報が届いていた。がんだったという連絡を受けた記憶がある。少し前,昌己や喬史と飲んだとき,シゲさんの話になって,誰だっただろう。「がんのわけないだろう」と切り出した。そうだったのか。

本を詰めた箱をひっくり返していると,シゲさんの卒論レジュメが出てきた。先輩だったし一度,卒業したような記憶があるけれど,私たちの卒論発表会のときにシゲさんは出ていた。発表を聴いた記憶もある。同じゼミを二度卒業できるわけないのに,あれはどうしたことなのだろう。

どんなかたちでも卒論と名づけて提出すれば単位はとれるゼミだった。先輩の卒論にはカセットテープに録音した自作の歌もあった。シゲさんの卒論はマンガだ。論文ではないけれど,どんなかたちでもというのはそういうことだ。

シゲさんのレジュメは親子関係を記した私小説風エッセイに,卒論(マンガ)から何コマかピックアップしてA3両面にコピーしたものだった。つげ義春のマンガが好きで影響受けていたはずが,今見るとシゲさんのタッチは坂口尚が描いた「ウルフガイ」っぽい。

精神病院の夜勤アルバイトを同じく勤めていたので,2年の頃にはよく話をするようになった。長い休みになると私の下宿にやってきて,時間を潰していった。シゲさんのアパートに行ったときのことも以前,書いた。ときどき私はシゲさんに対して辛辣なことをいったような記憶がある。あくまでも趣味について辛辣にいっただけで,決して,それ以外,そこから外れることについてでなかった。

苦々しそうに笑いながら「口だけだからな」。あるときから,しばしばそう返されることが多くなった。言うことは辛辣でも,生き方にそれは影響を与えていない。そう指摘されたのだと気づいたのは,もう少し大人になってからのことだ。

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