歴史


日帰り出張の疲れが抜けないまま,新しい週が始まった。慌ただしく進み,20時くらいに事務所を出た。寒い。

MADNESSを通して,80年代初め頃のことを思い出したら,面白くなってきたので続き。

P-MODELを初めてきちんと意識して聴いたのは「カルカドル」がリリースされたときのことだった。音楽雑誌で平沢進のインタビューを面白く読んでいたものの,1980年代前半聴いていたのはほぼ洋楽で,邦楽は加藤和彦周辺を聴くくらいだった。「カルカドル」で驚き,「Another Game」を御茶ノ水で探し出した。当時,ワーナー時代のアルバムをレコード店で購入することはできなかった。ジャパンレコード時代のアルバムも「Perspective」はほとんど手に入らない。ほんの3,4年前にリリースされたアルバムがそんな調子だった。

Webに日記のようなものを書き始めた最初のあたりに,「Perspective」を患者さんから借りた話を書いた。その頃,16,17歳の背の高い女の子が入院していて,カウンターで世間話をしていたとき,弟さんが「Perspective」を持っているという話になった。代わりに何かのアルバムを貸した記憶があるのだけれど,「Another Game」だったのかな(確認したら「SCUBA」だった)。

カセットブック「SCUBA」は手に入り,1986年になって「ワン・パターン」がリリースされた。翌年,新宿エジソンあたりと関係あるインディーズレーベルから1st~3rdが再発された(あれ? 「Perspective」が再発されたのであって,1st~3rdはCDになるまで再発されなかったかもしれない。でも,大枚はたいて買ったアルバムが再発されてしまい,ちょっとした衝撃を受けた記憶がある)。

再発される前に,P-MODELの1st~3rdは中古レコード店で手に入れていた。御茶ノ水のディスク・ユニオンの一店が丸善の向かいのビルの2,3階になって,そこが一時,日本のロックの専門店だった。「ポプリ」を5,800円くらいで見つけて,大枚はたいて購入したのだ。西新宿で見つけた1stも,もしかしたらそれくらいしたかもしれない。2ndは蒲生の中古雑貨店の軒先に,チャクラや坂本龍一のアルバムと一緒に並んでいたのを買った。300円くらいだったと思う。

しかし,これは特殊なことで,ふつう「カルカドル」に衝撃を受けて,「パースペクティブ」までは遡っても,当時,1st~3rdはよほどのことがないかぎり,買おうとは思わない。その頃,多くのバンドがあっという間に変化して,繰り返しになるけれど,現在を全面的に肯定することこそ,ミュージシャンの活動だった。ほとんどのバンドに「黒歴史」があり,「あれはなかったことにする」位置づけのアルバムが蔓延した。P-MODELの1st,2ndは,そんな感じだった(3rdは違うのだけれど)。

デヴィッド・ボウイを例にあげるとわかりやすい。

King Crimson中耳炎患者だった私が最初に買ったデヴィッド・ボウイのアルバムは“Heroes”だ。“Low”も聴いた。“Scary Monsters”はもちろん買った。でも1970年代半ば以前のアルバムを積極的に聴くようになったのは,平成に入って,ライコスでCD化されてからのことだ。

84年くらいに突如,ジギースターダスト期の映画とライブアルバムがリリースされた。ボウイが亡くなった頃に,そのことを書いたような気がするけれど,その音の悪さの音圧とミック・ロンソンのギターの恰好よさに,ようやく気づいた。にもかかわらず当時は,そのライブ盤とベスト盤を聴いておけばいいかな,という具合だった。今となっては“Station to Station”が評価される理由はわかるけれど,当時は私のなかでは「そんなもの」という位置づけだった。

レコードの時代,あるミュージシャンの作品をすべて追って聴くというのは,どちらかというと特殊な行ないだった。

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