死民と日常


(「水俣1」「水俣2」「水俣3」から続く)

出張中,無茶苦茶やわらかい島田一男の『銀座特信局』(春陽文庫)で頭まで緩くなったものだから,途中までで止まっていた渡辺京二『死民と日常―私の水俣病闘争』(弦書房,2017)を一気に読み終えた。仙台で,帰りの車中用に,それこそ島田一男の他の文庫だとか森村誠一の『新幹線殺人事件』だとかに目が行ってしまったものの,さすがに続けざまに読み返すのはまずいと思ったのだ。

『死民と日常』の「Ⅰ 『闘争』のさなかで」は1970年から73年に書かれた論考などの再掲。とにかく,このあたりは読むのにかなり苦労した。目の前の状況が日々変化していくなかで,定点をもつことはむずかしいだろうし,仮に定まった点を示したとしても,その後の40年間を経て,言葉が軋んでもしかたあるまい。

当時の渡辺は,表現について「石牟礼(道子)さんが記すように」とすることが多い。『苦界浄土』はすばらしい文学なのだろう。水俣病の歴史的な重さが前面に出てしまうため,石牟礼道子の文章――たとえば海ひとつ描写するにも,読む者がうっとりしてしまうように描かれる――については,あまり一般化されていない気がするけれど,水俣病を避けてなお,そこにある表現について誰か指摘しないかと思う(すでに評価されており,私が知らないだけかもしれない)。

そのくらいに石牟礼の表現力はかなりすごいので,結果,そこで描かれる患者が,まるで聖人であるかのように伝わってしまいかねない。吉田司がしばしば行なった石牟礼批判は,つまるところ「表現によってフィクション化してしまう被害者の生活」に尽きるのだろう。

1980年代後半,平沢進の調子が戻ったときのあるインタビューに,「『平沢は食事もしなければトイレにも行かない』ような,ファンがつくりあげたイメージに押しつぶされた」とめずらしく心情を吐露するかのような発言があったことを思い出す。

「Ⅱ あの『闘争』とは何だったのか」に入るととても腑に落ちてくる。特に1990年の講演「水俣から訴えられたこと」は面白かった。話の肝は以下のくだりだろう。

 水俣病闘争って何を患者が訴えているのかということね。
(中略)
 それが何かってことはね。まっとうな世の中のね,正義ってものを求めたんでしょうねえ。その正義っていうのは何もさ,修身の教科書に出てくるような,背中がピーンとしてせせこましい,そういう正義じゃない。それは人情と言い換えてもいいんだけども。要するに地域社会でですね,地域社会っていろいろあるわけですよ,もうたまらんようなこといっぱいあるわけなんで。だけど地域社会で実現されてる一番いい部分ですね。日本の庶民の道徳ですね,原理ですね,最低限の規範ですね。つまり人と人が何で一つの部落という社会を作って住んでいけるのかっていうことなんですね。人と人を繋ぐものは何かっていうことですね。それによって自分たちがは規定されている。自分たちはそれさえあれば救われる。ところがチッソはどうか。チッソにそれを見せてほしいわけですよ。見せてくれない。同じ人間同士としてですね,同じ人間同士で,自分は当然こうだと思うことがどうして通らないのか。なぜチッソはそのことを認めないのか。どうして世の中がこれを認めないような世の中なのかってことです。

 ですから根本的にはですねえ,やはり人間がお互い共同性ということでね,お互いの共同性の繋がりで信頼しあって生きていける世界ということでしょうね。共同的な社会は現実にはいろんなもう大変で嫌なことあるわけですよ。そこでちゃーんとした当然の道理が通る,そういう世の中をですね,求めなはったんですよ。世の中ってのはおかしいけど。そういう生き方を求めなはったわけです,チッソに対して。

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