舶来横丁


雨,もしくは雪になるとの天気予報。朝から細かな雪が少し落ちる。しばらく止んで,夕方からは雨に変わっていた。20時過ぎに会社を出る。娘は早稲田松竹で映画を観て帰るというので家内と食事。風呂から上がった頃,娘が帰ってきた。

一昨日から半村良の『回転扉』を捲っている。去年あたり読み終えた記憶があったのだけれど筋書をまったく覚えていない。頭から読み始めると,読み終えていないことはわかった。途中で別の本を読み始めてしまったようだった。

先日,会社帰りに寄ったヤマダ電機の3階。平日18時過ぎの閑散ぶりを眺めながら既視感があった。これは舶来横丁じゃないか。

昭和の終わりから平成の初め頃,池袋に行くと古本屋を回るか(池袋西口には要町に向かう通りに何軒もの古本屋が軒を並べていた),美術館,本,映画となかなか文化的な場所が集まっていたので,それらをぐるり一周すると一日は容易く終わってしまったものだ。特に古本屋の数は新宿,渋谷に比べると多かった。ライブハウスは新宿,渋谷,それ以外は池袋,もしくは神保町・上野・浅草まで使い分けていた。

サンシャインシティに行く用事などほとんどなかった。初めて出かけたのはパスポートをとったときだと思う。フロアをぶらついていると,妙な一画が現れた。商品が並んだ店だ。それも仲屋むげんどうや大中を妙にワールドワイド化した品揃えだった。飲食料品だけではない。家具からバッグ,洋服まで,およそ日本人の嗜好に合いそうにないものがおもちゃ箱をひっくり返したような色鮮やかさで並ぶ。東欧や南半球の名産品なども置いてあったはずだ。池袋北口にオーストラリア料理店ができて,ワニのハンバーグなどを名産にしていた頃だったので,また妙な店ができたものだなあと思った。

私はまだ,今のようにコーヒーを毎日数杯飲む生活を送っていなかった。飲むのはもっぱら紅茶で,切らさないように行く先々で美味そうな茶葉を買い求めた。高円寺のルックにはハーブティー専門店があり,会社帰りに自転車でよく買いに出かけた。伸浩に車を出してもらい,長者町と間違え,黄金町で茶葉を探したこともある。もちろんそんなものは見つからず,川沿いに2階建が続く昏い路地を入っていくと,ドアの前に並んだ椅子にピタッとしたシルエットの服をまとった女性が座っていて,一斉に睨ねつけられた私たちは,そそくさとそこから退散した。

舶来横丁の棚には,表参道の紀伊國屋や広尾のナショナルマーケットまで買いに行ってしかるべきメーカーの茶葉が並んでいた。こんな店があるんだ。20代の私には,新しい遊び場をみつけたような感覚だった。

舶来横丁は18時くらいまでしか開いていなかった。17時に会社を飛び出してもそこまで30分近くかかったので,会社を早退してパスポートをとるような用事がないかぎり,なかなか行くことはできなかった。日曜は閉まっていた記憶があるし,土曜日でさえ毎週は開いていなかった気がする。とにかく商売っ気がまったく感じられなかった。その素っ気なさがよかったのだけれど。

数年後,商売として成り立ち得ると手ごたえを感じたのだろうか。リニューアルされて,子ども連れ夫婦などで賑わっていた時期もあった。とはいえ元々があの舶来横丁だから,たかが知れている。そのうち,町場のスーパーマーケットでも,舶来横丁に並んでいるような品物が手に入るようになった。リニューアルを続けても客足は伸びず,10年ほど前,店を閉じた。

舶来横丁が入ったフロアには,他にも商売っ気のない妙な店がいくつかあって,何だか中野ブロードウェイの4階あたりの飛び地みたいで面白かったのだけれど。

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