ビッグ・スヌーズ


住吉に直行で進行中の企画打ち合わせ。交差点の珈琲館に久しぶりに入る。モーニングセット。帰りに週刊新潮を手に入れ,会社に行く。何件かの打ち合わせを終えて,20時過ぎに退社。一昨日に買った「新潮」4月号と『真幻魔大戦』を読みながら帰る。

みちくさ市に並べるZineの下書きを続けているうちに,当日まで時間が迫ってきた。後は調整しながら,まずはまとめることにした。いったい何ページになるんだろう。

書店で「新潮」をピックアップし,すぐさま矢作俊彦「ビッグ・スヌーズ」第4回が掲載されていることを確認してしまうのは習性なのでしかたない。

もしかすると二村永爾が横浜元町を歩く描写は初めてかもしれない。観光地をさまようよりも遥かに相応しい街として,なかば観光地化したはずの元町が描かれる。石川町の045ピザマイロあたりを思い出す店でのやりとりは嵌りすぎで,読みながら幸せな気分になる。一度読み,前号を引っ張り出してページを捲り,結局,連載第1回から読み返す。「ららら科學の子」「百愁のキャプテン」「月下の鉤十字」「常夏の豚」,いつも同じように読んできたのだ。あの原稿用紙ブローカーが,原稿枚数の多少を気にせずに,この分量で1回をまとめたこと,原稿を入手した編集者の仕事に感謝したい。『大いなる眠り』くらいの分量でまとめきってくれないだろうか。

「週刊新潮」は不定期連載掲載号だったので購入した。1週間に2本も矢作俊彦の原稿を読むことができる僥倖。

「新潮」の対談「即応する怒り,持続する怒り」の冒頭,「どうせやるなら派」に対する強烈な一節。他人事ではなく,自戒を込めて。

武田砂鉄 『反東京オリンピック宣言』(航思社)の編著者である小笠原博毅さんによる言葉で,「どうせやるなら派」という言葉があります。

この「どうせやるなら派」という言葉は今の日本の空気を象徴していて,最初は疑問視しつつも,最終的には肯定する,という事態が様々な局面で生じている。

オリンピックや基地問題だけでなく,原発再稼働,特定秘密保護法,共謀罪,憲法改正でも,最初はみんな反対をしていても,事業なりが進むにつれて反対派が目減りし,最後まで反対している人は「まだ,やっているの?」と鼻で笑われるようになる。鼻で笑う人の数を増やせば増やすほど,運営する側,主に政府は物事を動かしやすくなる。操作しやすい国民が出来上がりつつある。

星野智幸 ……既成事実に弱いですよね。……その傾向は強まる一方です。既成事実で押しきれば何とかなっちゃうだけではなくて,武田さんもおっしゃったように,最後まで反対し続けている人たちは非国民というか異端というか,まるで彼らが悪いことをしたかのような視線を受けるようになる。

武田 ……面倒でも「それは違う」と言い続けようと思いますね。

星野 ただ,しつこく,嫌がられながらも言い続けるというのも消耗しませんか。

武田 そういう役回りだ,と思っています。ひたすら言い続けるのは消耗しますけれど。

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