白い病気


神様のピンチヒッターよろしく,久しぶりにシルクセンターのあたりまで出かけた。神奈川芸術劇場で串田和美潤色・演出・美術「白い病気」を観た。以下のような内容(サイトより引用)。

大戦間のチェコスロバキアを代表する作家,カレル・チャペック(1890年~1938年)は,戯曲『RUR』において使用したロボットという言葉を作ったことでも知られている。『白い病気』は迫り来るナチの弾圧の中,死亡した翌年に初演。隣国ドイツの軍事圧力を風刺したこの劇は,幕が下りたときには,チェコ愛国者の喝采を浴びるが,時代は,作品が暗示するように,悲劇的な状況に向かって行った。80年前に書かれたこの作品は,まさに今,現代を照射しているといえるだろう。

若者は罹らないのに50歳を超えた者から罹りはじめる「白い病気」。初期症状は身体の表面に押しても痛さを感じない無痛の白い点ができる。この症状が現れると,すみやかに身体は悪臭を放って崩壊していき,死に至る。突然蔓延した伝染病のため世界はパニックに陥るが,とある軍事国家の町医者が偶然この病気の治療薬を発見し,その新薬と引き換えに軍事国家の独裁者にある要求をする……

真っ白な舞台に,何枚ものビニールが下りている。白塗りのチャップリンのような1人の男が椅子に座っている。幕の奥でコロスによる串田作の詩が歌われてスタート。日本語の響きとメロディが違和感なくつながることで,言葉の意味がはっきりと伝わってくる。

白い病気はハンセン病の新種のように説明されているが,ハンセン病=感染力の弱さというイメージからか,白い舞台を見て結核を想像した。次にHIV/AIDS。

宮廷顧問官(兼病院長)ジーゲリウスが登場し,というか舞台上に生まれ出て,新聞記者とやりとりするなかで白い病気の症状が伝えられる。この場面を見てから,最後まで劇の伴走者としての手塚治虫マンガが離れなかった。新聞記者のディフォルメされた動き,増え方。手塚が演劇からとり入れたのかもしれないけれど,「白い病気」には全体,手塚マンガっぽさを感じた。

続けて主人公・町医者ガレーンが訪れ,白い病気の治療法を見つけたので病院で試してほしいと頼む。彼は軍医として戦場でなにもできず,無残に亡くなっていく兵士を見て,白い病気の治療法を武器に世界平和を画策している。

唯一,この台本にツッコミを入れたくなったのはこの設定だけだ。高良留美子『世紀を超えるいのちの旅―循環し再生する文明へ』(彩流社,2014)にこんな箇所がある。

野戦病院には外科しかない,という事実を,わたしは今度社会文化会の方たちと一緒に沖縄へ行くまで知らなかった。第一外科,第二外科,第三外科……沖縄本島の南部の丘や,最後の地となった石灰洞の入口に表示されたこれらの文字は,この赤裸々な事実を見るものにつきつける。野戦病院には内科などない。耳鼻咽喉科も泌尿器科も,ましてや小児科や産婦人科などあるはずもない。外科,外科,外科,どこまでも外科だけだ。(p.261)

戦場でSurgeonの役割を担ったはずのガレーンが,Physicianとして臨床に復帰し,さらに白い病気の治療法を見出すまでが一言,二言でよいので説明されたならば,「治療法」の貴重さが増したのではないか,と。(つづきます)

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