手続き

確かに,なにごとにも手続きは必要だ。

先日,仕事先で聞いた印象的な話。彼女は猫を飼っている。もとは野良猫だという。気になったので,次の打ち合わせの際,経緯を尋ねた。

その野良猫は練馬にいたそうだ。通学,通勤途中の人に世話をされ,そのあたりを闊歩しているらしい。初めて遭遇したときに逃げず,そばに寄ってくる様子から,そう想像することは容易かった。帰宅途中,野良猫がいそうなあたりに寄ると,ほぼ出会うことができた。

通勤路が変わった都合で,練馬に寄ることはしばらくなかった。ある日の夜。近くで用事があったため,野良猫がいたあたりに寄ってみた。22時をまわっていた。以前のように,野良猫はすぐに出てきた。よかった,と彼女は思った。

猫を飼ったことがなかったという彼女は,どうしたわけで,その野良猫に心動かされたのだろう。猫にこわがられたり,逃げられたりする経験しかなかった自分に,初めてなついてくれた猫だったからだ。そう語る彼女に,なぜを問うのは間違いだったと思う。

その後は,職場からもアパートからも離れた練馬まで回り道して毎日,野良猫に会いに行くようになった。引っ越しをするタイミングだったので,万が一のことを考えて,ペット飼育が可能な物件を探し,そこに移った。都内とはいえ,遥か東のアパートだ。

数年前のこと。明け方には近年最大の台風が関東に上陸すると,天気予報士はその週,何度目かの警鐘を鳴らした。当日の夜になった。夜中の2時,練馬に彼女はいた。非道い雨風だった。野良猫を呼ぶと,すぐに出てきた。そのまま,連れて帰り,以来,野良猫とともに暮らしているのだという。

夜中の2時にどうやって,練馬まで行き,野良猫を連れて帰ってくることができるのだろう。なぜ,ではない。どのようにして,という問いだ。

ケージを準備したのはもちろんのこと。台風が近づくまで,数軒のタクシー会社に電話をかけ,猫を乗せてもらえないか相談したのだという。ふつうのタクシー会社にはすべて断られた。ただ,世の中にはペット専用タクシーというものがあることを電話先で教えてもらった。

ペット専用タクシーであっても,野良猫となると話が違うらしい。最初のタクシー会社には,これまでと同じように断られた。2軒目でようやく乗せてもらえることになる。仕事とタクシーの時間を調整し,1時過ぎに家を出て,練馬に着いたのはそんな時間になっていた。

ケージのなかで野良猫は不安気な声をあげる。アパートに着き,それから朝までの時間は長かった。天気予報通り,朝方に台風は通過した。9時になるまで,野良猫は浴室で待たせた。シャワーで洗い,濡れた毛を乾かす。それでも蚤などがいないとはいえない。9時になったので,動物病院に電話をかけ,朝一番で受診した。

なにごとにも手続きは必要で,どんなことにも覚悟がいる。覚悟と手続きをつなぐものはなになのだろう。話を聞き終えて,結局,なぜを問いたくなってしまった。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Top