中野


調子はあまり変わらないものの,とりあえず出社。16時過ぎに退社して,中野まで行く。つばめ返しで行こうかと思ったものの,このところほとんど動いていないので,新井薬師駅前から歩くことにした。

16時台の西武新宿線はソーシャルディスタンシングがとれるくらいの混み具合。中学生くらいの子どもと親御さんと同じ車輛になった。子どもは目が不自由らしく,コミュニケーション上の課題も抱えている様子。というのも,シートに座っていたら,声を荒げ,杖を振り回し始めた。他の乗客に当たらなかったものの,お母さんも本人も大変そうに思えた。

新井薬師駅前で降り,風見鶏でパン,少し先の八百屋でさくらんぼを買う。ブックオフ,古書案内処を覘き,中野ブロードウェイまで。4階の均一棚で佐藤亜紀を1冊購入。地下まで降りて,お弁当と缶ビール。あいロードの新井薬師寄りあたりのコーヒー豆屋で1袋買い,中井経由で帰宅。

家内と夕飯をとり,テレビを観ていると,遅番の娘が帰宅。下落合駅前のキッチンカーでたこ焼きとコールドブリューを買ってきた様子。帰ってから眠らなかったので,いつもより少し早く布団に入る。

『犯罪季評』の朝倉喬司の発言がとても面白い。長い発言が続き,どちらが言っている内容か見た目でわからなくても,これは朝倉喬司だろうとあたりがつく。

たとえば,

現実に対する感覚が鈍っている分,情報に対して過敏になるというおかしな身体のありかたを感じます。

同書,p.182.

朝日新聞名古屋支局襲撃について,

声明文の中の「うその言論で日本民族をほろぼそうとしてきた」というのは,局所的に何かを注入されて出てくる概念ですね。「うその言論」とパッと言っちゃうという短絡がある。そういう要素は確かに日本のジャーナリズムにあります。ただ,それは凝縮された集団性をつくるような論理じゃないはずなんです。もうちょっとスリリングで先鋭な論理が基軸にならないと,こういうことをやる集団はできないはずです。

同書,p.203.

(中略)

いちおうイデオロギッシュな背景を擬装しているわけですよ。ところが,60年代を生きてきたぼくらからみると,イデオロギーに免疫がなさすぎるという感じがするんです。たとえば「反日分子」という言葉を公にするには,そうとうイデオロギーを相手のゲームをしてこなければなかなか言えない。言っている自分が怖くなるはずなんです。イデオロギーってものが社会の隅のほうに押しやられた結果,ちょっとしたことで敏感に感応しちゃうような部分が出てきたのかしら。

同書,p.204.

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