仕事の関係で,国内の県庁所在地にはほとんど足を踏み入れた。ただ,空港や駅と学会会場,ビジネスホテルと近場の食堂くらいを行き来するだけなので,踏み入れた割には土地勘はまったくおぼつかない。
松山で学会があったときのこと。その期間,学会が重なったため急遽,営業サポートとして出かけた。以前,取材で入ったときはそれなりに仕事をした記憶はあるものの,やはり土地勘はついていなかった。市電に乗って,古本屋を探しに行った気がするのだけれど,以前来たときだっただろうか。
取材と営業は別々の行動をとることが少なくない。ただそのときは,学会後にお世話になっている先生の講演があったので出張二日目,取材者をともなって会場に顔を出した。道後温泉に行く途中,200名も入れば満員になる会館のような場所だった気がする。
会場に向かう途中,取材の様子を聞いてみると,どうも調子がおかしい。なんでも初日,ホテルから学会場まで使ったタクシーの運転手がくせの悪い人だったようで,付きまとわれている気がする,というか実際に待ち伏せされてたのだと。
講演が終わったら散会にしようと思っていたものの,まずそうな按配だった。とりあえずタクシーをつかまえて夕飯によい店を紹介してもらった。寿司屋に行った気がする。松山に入ってからの様子を聞き,ホテルの施錠(当然だけれども),出入りのとき,ひとりにならないよう紛れ込み方など,あたりまえの話をしたのだっただろうか。おかげで,うまかったはずの寿司の記憶はほとんどない。
翌日,道後温泉に寄って私は新幹線に乗り継ぎ東京に戻ったが,取材者はそれでも週末,松山を観光するという。大丈夫か。と思っても,そのあたりの危機感はそれぞれだろうから,踏み込まずに聞き流した。週明けに会社で会った取材者はその後,大事に至らず,松山を観光したそうだ。そ奴は出張先で私にくらべ遥かに多くの土地勘を得たに違いない。
飛行機ではなく,新幹線で帰京する時間がどれほど長いかというと,逢坂剛の小説を車中で読み終えてしまうほどの長さなのだ。車中の時間を逢坂剛の小説何冊分かと換算してしまう癖はこのときについたのだった。