加藤

徹と精神科病棟で夜勤のアルバイトをしていた当時のこと。半開放病院の開放病棟のカウンター番がおもな仕事だったので,17時に入ってから21時までの4時間,9時半に明けるまでの数時間,カウンターで患者さんの話を聞き,頼まれごとに動いていた。

そのフロアから外に出してはあぶない状態の患者さんに目配りし,出そうなときは話を持ちかけたり,ときには看護師さんと一緒に,とにかくフロアから出さないよう働きかけた。

なかにはわれわれと同年代の患者さんもいて,学校で話す話題のなかから,少し特殊かもしれないけれど,それでも共有できそうなものをとおしてやりとりすることがあった。彼の名前は覚えていない。痩身にいつも白いワイシャツを着て,神経質そうにフロアをうろつく。カウンセリングはここを紹介してくれた助教授が担当していたようで,数回,彼のことを聞いた記憶がある。ただ,疾患や症状がどのようなものだったのかほとんど覚えていない。

徹は新館2階,私は新館3階でアルバイトをしていて,彼が2階から3階に移ってきた。患者さんは長期にわたる入院が少なくないため,ベッドや病室,ときには病棟を移動した。一見,まじめというか神経質そうな印象だ。徹に,彼が3階に移ってきたことを伝えると,「彼はああ見えて失礼なこと平気でいうからな。気にしないことだ」と一言。幸い,私は何か気になるようなことを言われた記憶はない。ただ3階になじまないのか,しばしば2階に行っていたようだ。

徹は彼からいろいろ言われたらしい。あるとき彼に「3階なんだから,3階のカウンターに行ってください」とやわらかく伝えた。途端,慣れない体で,徹をもちあげるようなことをいう。てきとうにあしらわざるを得なかったときに,ふと,「学生になるとみんな加藤諦三を読むんですよね。僕,今読んでいるんです」と言った言葉にひっかかってしまう。「加藤諦三なんて読まないよ」と切り返したくなる思いを押しとどめると,笑ってしまいそうになる。

どうしたわけで加藤諦三なのだろう。その話を聞きながら,二人でしばらく悩んだ。加藤諦三の本はいまだ一冊どころか一行も読んだことがない。

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