阿佐ヶ谷

午前中は事務所で仕事。昨日から自前でサイトつくりはじめて嵌ってしまう。この手の作業はできる人に任せるに越したことはないものの,ついつくりはじめてしまったのだ。用いるテーマが決まって,ネット情報をもとに途中まで。15時くらいに家内がやってきたので下落合にできたパン屋で買い物。駅前の喫茶店で昼食をとり,阿佐ヶ谷まで。

高架下を覘いてからパールセンターをひとめぐり。北口に出て,千章堂書店でめずらしい本が安価で並んでいたのでつい買ってしまう。ネオ書房を覘き帰宅。

この前,日高屋で休憩していたところ,私と同世代の人が居合わせたと思しき女性と話している様子が聞こえてきた。10代のころ過ごした町から南にくだったあたりが故里らしい。

高校卒業後,パティシエをめざして上京,池袋に務めたもののいろいろうまくいかなかったようだ。再び東京へやってきたのは最近のことらしい。都会の人はよく歩くと感心する。故里では歩いて5分の距離でも車を使う。バスは1時間に数本だし,地下鉄なんて通っていない。朝,電車で職場まで行くだけで疲れてしまう。朴訥となまりを交えた口調で話が続く。聞いている女性はたまたま居合わせたのだろうか。声を聴くだけだったので,二人の様子を見たのは私が会計に席を立ったときで,女性は短髪の中年女性で声の印象とはまったく違った。

なんだか年末っぽいなあと思いながらも,去年に比べると今年はかなりマシな気分で年を越せそうなことにホッとする。ここ数年,年末は暗い感じが続いていたので。

たまプラーザ

と打ちながら,ばかにされているような気がしてきた。青葉区や宮前区あたりに関連する人を何人か知っているものの,それらはまったく関係なしに。

9時過ぎに印刷所まで行き,車を出してもらって一緒にたまプラーザまで。高速を使うと混んでいなければ40~50分。11時前には着いた。打ち合わせ後,近くで昼食をとろうとするが,軒並み混んでいる。2軒ほど満席で,ビルの2階にあるイタリアンで済ませる。

15時前には秋葉原に着いた。都営新宿線から大江戸線を乗り継ぎ事務所に帰る。Amazonからの荷物を自宅に届くものと勘違いしてしまい,宅配ボックス着に指定してしまったので,当然,荷物は着いていない。とりあえじ18時~20時着に変更して再登録。仕事を済ませたものの20時になっても荷物が届かない。再度,明日の午後に変更して帰宅。軽く雨が降っている。

小さな地震が続いている。非道いものが起きなければよいものの,こればかりはどうなるかわからない。

15年前,会社を立ち上げた方の話は,実際にやってこられたことだから,とても参考になる。

11/30

先週,吉祥寺の無印良品で手に入れたラックが午前中到着した。ファクシミリ・コピー複合機が数十センチの高さのため,ラックを調達しなければと思っていたのだけれど,なかなか見合ったものが見つからなかった。とりあえず高さ50センチで,50キロくらいまで積載可能だというので決めてしまった。

新井薬師のおしゃべり好きの家具屋のおじいさんが言っていたとおり,送料とは別に組み立て料も設定されていたけれど自力で行なえないほど難しそうには思われない。到着して開封,30分ほどで組み立てを終えた。

そこそこの重さがあるので,ひとりで移動させ,複合機を載せるのにはそれなりの勇気が必要だった。あたりを整理してセッティング。うまくいったと思ったら前後を逆にしていた。複合機を回転させて,その後,全体をぐるりと回転させる。洗濯機置き場にちょうどよい大きさで,高さも問題ない。

玄関の梱包をざっとだけ片づけて,ひと段落。事務所に必要なものは,軽くてたくさんの本が並べられる書棚くらいのものだろうか。

その後,高田馬場まで校正を受け取りに行く。帰りにブックオフを覘き,CHIKUHOでコピー用紙を買って帰社。19時過ぎまで仕事をして,帰りに日高屋で休憩。帰宅後,夕飯。

キングクリムゾンの来日中に,海外からの渡航者入国がストップ。おそろしくよいタイミングでツアーがスタートしたものだ。メンバーからしたら,「(ちょっと)待ってください」「しょうがない」という日本語タイトルラインナップそのものではないだろうか。

週末

土曜日は午後から事務所に出て,そのあと,創業支援相談へ。遅めの昼食は大塚まで出て中華料理。徳間文庫1冊購入。家内と池袋で待ち合わせ,池袋東武に入る。ルミネまで行き,くまざわ書店でまた徳間文庫1冊購入。疲れてしまったので1階の喫茶店で休憩。夕飯を調達して帰宅。早めに眠る。

日曜日も午後から出社。校正作業をすすめる。他の件も処理しながら20時近くまで。夕飯のおかずを買って帰り,家内と夕飯。

ブラックフライデーとらやで,iPhoneのケースや家のものを調達する。ほしいものがなくても探して買ってしまうのは,フィットする古書店に入ったまま出てこられない状況に似ている。ただ,アマゾンの場合,フィットする/しないではなく,選択すればみつかるかもしれないという妙な感覚にのみよっているのだけれど。

12月はいろいろと忙しくなりそうだ。サイトも早くめどをつけなければ。

King Crimson

1981年12月9日,Kinc Crimson初来日,ライブ初日が渋谷公会堂で開催された。追加公演もソールドアウト,追追加公演がライブ初日になったのだ。

受験を控えた私は,にもかかわらずその日のチケットを入手した。翌年の2月,3月が散々なことになるとは思いもしなかったし,まあ,渋谷までライブを見に行ったくらいで影響はないと考えていたはずだ。実際,影響はなかったのかもしれない。元からあんな案配だったのであろう。

King Crimsonのライブを見に行くたびに記している気がするが,渋谷に出る前に,御茶ノ水というか神保町の三省堂の角のビルの2階にあったキニーという輸入レコード店で7月だったか8月だったかのライブのブートレッグを買った。2枚組で5,000円近くした気がする。演奏される曲はチェックした。せっかくあと数時間後,目の前で演奏されるというのにどうしてそういうことをするのだろう。

“Discipline”から始まったその日の演奏で新曲として紹介された”Turkish D(Teaとは聞こえなかった)”という語感が恰好よく,全体,復活前に比べるとメタリックな音色に響いたが,目の前にロバート・フリップが弾くギターを聞くことができるのだから,何も不満はない。

ようやく大学に入り,1984年のライブにも出かけた。後にライブ動画が発売されたけれど,行儀よく整理されていた音は会場で鳴り響いたものとはかなり違っていた。FM東京で初のデジタル録音ライブと銘打って放送されたときにもそれは気になった。1981年にはアンコールまで椅子から立ち上がらなかった客が,このときはアンコールで立ち上がって拍子をとったことを思い出す。

ダブルトリオを1回,ダブルデュオを1回,現在のラインナップになってから2回,King Crimsonの日本公演に足を運んだ。直近2回は,これで見納めだろうなあと思いながらチケットを確保し,数年後に裏切られることになった。今回も同じだ。たぶんこれでKing Crimsonのライブをじかに見るのは最後になるのだろうなと思いながら12月8日のチケットを確保した。あの日からちょうど40年だ。

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