50歳からの赤い公園


会社帰りに立ち寄った近くの書店ではFMが流れている。聴こえてきたのは荒井由実の“晩夏(ひとりの季節)”。NHKの銀河テレビ小説がよかった時代を思い出す。DJも同じことを言う。

赤い公園のアレンジ,演奏のセンスが,目にしたインタビューに登場するバンド,歌手とどうしても結びつかない。あぶらだことかP-MODELとか,キャプテン・ビーフハートとか,そういう固有名詞が登場するのを期待しても一向に出てきはしない。先日も昌己と飲みながら「“ひつじ屋さん”の出だしはどう考えても“カルカドル”だよな」とか「ニューウェイヴを経過していないとは思えない」とか話したばかりだ。

新譜を聴いて,13曲目“お留守番”で,ようやく荒井由実っぽいなと感じた。エレクトロニカを交えた展開はまあ独壇場。

繰り返し聴いてしまうのはオーラスの“木”。思い出したのはSiouxsie And The Bansheesの“Love Out Me”なのだけど,“木”のほうが情報量が圧倒的に多いし,格好よさは数段上だ。

赤い公園の楽曲の多様さはビジュアル系の多様さだ,と感じたのはあながち間違いでないと思う。ラルク・アン・シエルをきちんと聴いたことはないけれど,シングル曲がかかったときに,おやっと引っかかるところが似ている。ラルク・アン・シエルはCDを買おうと思ったことは一度もないのだから,赤い公園には,さらに何かあるに違いない。

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