絲山秋子


お湯割りをおかわりした。ああ,夜だなあ,と思う。遠くで眠りそびれた犬があくびをし,いくつもの電灯が消え,本が閉じられ,給湯器が低く唸っているだろう。私はこの店に夜を買いに来るのだ。真っ暗で静かで狭い夜一丁。 絲山秋子:勤労感謝の日

……僕がする話って、みんな過去のことやねん。会社やめてから、時間がたてばたつ程な、ほんまに自分が生きてるんか、て思うことあるわ」 「経験だけが生きている証拠ではなかろう。お前さんが過去にしか生きていないと言うのなら、それは未来に対する冒瀆というものだ」
絲山秋子:海の仙人

サイトをつくり書き始めた日記の初めの頃,絲山秋子のデビュー作「イッツ・オンリー・トーク」について記した記録が残っている。当時,矢作俊彦が不定期で「ららら科學の子」を連載していたので「文學界」を(掲載号は)買っていたのだ。新人賞かなにかの告知でそのタイトルを目にしたとき,絲山秋子という作家についての情報は何一つ持ち合わせていなかったけれど,キング・クリムゾンの曲がどのように用いられているかだけに関心があった。

最終章が「クリムゾン」で,ロバート・フリップのみならずエイドリアン・ブリューの名前まで登場するその小説に,だから小説としての関心はあまりなかったことを思い出す。

その後,新作が出るたびにある程度,読んでいたものの,たぶん「下戸の超然」があまりにも面白かったため,その反動のようなもので,すっかり新作を追うことがなくなった。

ツイッターがきっかけで,12月に入ってから「イッツ・オンリー・トーク」から順番に読み返した。小説の上手さは当代随一どころか,日本文学の歴史のなかでも有数なことを感じるよりも前に,いや,まったく面白かった。引用したくなってしまうフレーズが散りばめられた物語がとにかく面白い。絲山秋子の小説ってこんなに面白かっただろうかというくらい。

昨日,『薄情』を手に入れた。

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