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かなりの間,1990年から先5,6年の記憶が混ざっていた。ライブをしたり,家庭をもったり,メルクマールになるはずのできごとがいくつかあるにもかかわらず,一瞬のように感じることしばしばだった。子どもが生まれてから数年くらいもまた,同様に記憶の前後が不確かだ。

今から20年前。1996年を,たとえば1984年に1964年を振り返ることと比べてみる。全然違うじゃないかとこれまでは納得していたのだけれど,どうもそういう理由ではないらしい。

昭和50年代に矢作俊彦の小説とP-MODELの音楽に遭遇してから後,結局のところ自分の記憶のたよりがこの2つにもとづいていると気づいたのは最近のことだ。

1990年から5,6年というのは,つまり『スズキさんの休息と遍歴』が刊行されてから『あ・じゃ・ぱん!』が出るまでの間なのだ。P-MODELは1988年に凍結し,1989年から平沢ソロがスタートする。そのあたりからP-MODELの解凍/改訂/ドラムレスあたりまでの記憶が一塊になっている。

矢作俊彦は1982年くらいから毎年,6,7月になると新刊を1冊刊行していた。少なくとも1983年から1986年の6月は,矢作俊彦の新刊の記憶とともに積み重なっている。P-MODELのライブに足繁く通ったのは1986年から1988年の2年間だ。この時期もかなり正確に記憶が堆積しているはず。

P-MODELは,というか平沢進は90年代に入ると精力的に活動したのだけれど,それらがどうにもピンとこなかった。結局,アルバムは「サイレン」を聞いて後,「Blue Limbo」が出るまで聞かなくなってしまった。ライブはHi-Resが最後。80年代後半のライブハウスの体温を記憶していると,90年代の平沢進とP-MODELはまどろっこしい。(加筆予定)

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