S60


幻の昭和60年代後半もひとくくりにしてみると,5年遅れ(早い)「昭和」というdecadeは矢作俊彦の指摘を俟つまでもなく使い勝手がよい。

徹がペヤングにイカの燻製を入れて食べる発見をしたのは昭和66年で,ただ,それは徹が嬉々として説明するのにくらべ,遥かに美味いものではなかった。先のエントリーにリンクを貼ったとおり,徹が発見したペヤングの美味い食べ方を一番知りたがったのは昌己だった。しかし一口食べた途端,「これ,くどくねぇか」。結局,すべて食べた奴は誰もいなかったような気がする。

昭和67年のある日,アパートでウィルキンソンのジンジャエールのタンカレー割り(この場合,主客はこうするのが適当)を飲みながら,昌己と一緒に曲をつくっていると尾崎豊が死んだというニュースが流れた。昌己がギター,私はカシオトーンのマレットの音色でテロテロと弾いたその曲は,まったく即物的なものだった。聞き直して昌己がボソリと「尾崎豊が死んだことは曲にまったく影響してないな」と言ったことを覚えている。

昭和68年にはニコラス・ケイジの代表作「ハネムーン・イン・ベガス」が公開された。それしかないのか。

昭和69年,私は家庭をもった。

来なかった昭和70年には阪神淡路大震災とオウム真理教による事件が起こった。その後,いろいろ。

こうやって記してみると,何だか昭和60年代まではあったような気になってくるのが不思議だ。

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