切られの与三


「いつ帰るの?--明日帰っちゃうの?」
「どこへも帰りやしないよ」
「嘘よ。JALのエアチケットを見たわ。ブッキングしてあったわ」
「帰るんじゃないよ。行くんだ。いつだってどこへだってさ」
矢作俊彦「東京カウボーイ」

コクーン歌舞伎「切られの与三」は,ピアノ(Dr. KyOn),ドラム,ベース(渡辺等),パーカッションのジャズバンドを従えた3時間半,三幕の舞台。純粋に芝居としての面白さ,舞台装置のすばらしさはいわずもがな,さまざまな記憶とつながるスリリングさが実にたのしかった。

原作は一種の貴種流離譚としてもとらえられるこの物語を,今回は一貫して悪党物語を伴走させながら進む。というよりも悪党物語は,貴種流離譚を換骨奪胎してできあがったものかもしれないと感じた。最後には貴種流離譚を悪党物語が食い破る。物語に「妹の力」が存在しないのだから,初手から貴種流離譚になりえない。お富は「妹の力」を発揮しないし,仮に「薬」を通して発揮しようとしても,与三は「妹の力」を振り切ってしまう。

悪党物語で思い出したのは映画でいうと,渡哲也の『紅の流れ星』や,ジャン=ポール・ベルモンドの『気狂いピエロ』,小説ではリチャード・スターク『悪党パーカー』,中上健次『軽蔑』などなど。

主演の中村七之助の細面は,特に刀傷をつけてからの様相はまるで「アラジン・セイン」のころのデヴィッド・ボウイのよう。もともとこのころのボウイのステージングは衣装を含め歌舞伎に影響を受けたもの。ジャズバンドは洒落っ気まじりにピアノで“Let’s spend the night together”やThe Kinks“Sunny afternoon”のベースラインをなぞる。ジャズバンドの体裁をとりながら,根底にあるリズムはロックだ。

舞台装置では橋と川,雨がさまざまにあしらわれる。三幕,島抜けして江戸に戻ってきた与三のようすはまるで『悪党パーカー』の出だしのよう。冥府(島流し=地獄)から橋を渡って帰還するのだ。

描かれる江戸は,亡命者たちが集うパリにもみえてくる。もろもろの出自を歌舞伎の側から見せつけようとするしかけを感じた。

破滅に向かって突き進む物語の最後の最後,それまでずっと雨と曇り,夜に覆われた舞台が晴れ渡り,飛行機雲がながれる場面で空を仰ぎ見る与三が,だから,このセリフを諳んじていたと想像しても決しておかしくはあるまい。

また、見つかった、
何が、
永遠が、
海と溶け合う太陽が。

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