歴史修正主義とサブカルチャー

倉橋耕平『歴史修正主義とサブカルチャー』(青弓社)を読み終えた。メモをとりながら読み返そうと思っているものの,まずは備忘録として。

先に書き留めた通り,ディベートと自己啓発ブームをつなげて検証した著者の慧眼にかなり驚いた。また,後半ではアマチュアの台頭が触れられていて,このあたりの感覚を同時代性あり/なしはさておき,掘り起こした力量もすごい。本書の内容はもちろんだけれど,どうやってそのあたりを引っ張り出したのか知りたくなる。ことサブカルチャーに関しては,著名な研究者であっても,不用意な断言が同時代性とそぐわないことが少なくない(本書で引用されている書籍のなかに,こうした欠点を抱えているものは何点かある)。疑問を出発点にして,きちんと行なった研究の力強さを感じた。ネットサイトがおもに広告で運営されている点に着眼するのも理にかなっている。

ここで触れられていないのは新書ブームというか,書かずに語りをテープ起こしして,それなりに構成しなおし本にまとめること,それもプロではなくアマチュアがうまく利用した点くらいかもしれない。加えて自費出版しやすくなった環境,といえば聞こえよいが,自費出版が成り立つハウツーが大手を振って闊歩した末に,そこに絡め取られたなかから,変質したモンスターを生んでしまったような気がする。

これについては,本書がターゲットとする時期よりかなり前から行なわれてきたことであり,長く〈トンデモ本〉の温床としていくばくかの役割を果たしてきた。ただ,その性格が変化したのは平成のはじめからかもしれない。

論破する快感を読者に与えることで一定,いや多くの支持を得る書き手は右,左問わずいるわけで,ただそ奴らの言説は,論破する対象なしには論破しようがない,その程度の語りなのだ。つい手に取って論破をたのしんでいるうちはまだしも,いつの間にか絡め取られてしまい,そのうちに似たような言葉を吐いているなんてことになりかねない。

本書が鳴らす警鐘は正鵠を射るものだ。ただ,だからといって,ここで取り上げられた環境は変わらないだろうなという,どこか諦念のようなものを感じる。

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