19時過ぎに会社を出る。財布を机の上に忘れた。大勢に影響ないので取りには戻らなかった。高田馬場のブックオフを覘く。久しぶりに島田一男の文庫が4冊入っていた。うち1冊はすでにもっているもので,もう1冊はあったようななかったような。とりあえず2冊購入。そろそろ手持ちの島田一男本のリストをつくらないとならないな。読み終えてもすぐに内容を忘れてしまうので,一向に読み終えた感じがしない。通勤途中は片岡義男の『ぼくはプレスリーが大好き』(角川文庫)を捲る。この本から片岡義男に入っていたら,もしかするとまったく違う流れで小説まで読んでしまったかもしれないと思う。
徹はiPadにSDカードを入れ替えてその都度持ち歩くという。ヘビーユーザーなんだなと問うと,マンガを読むためだと。
「電子はプラットフォームが潰れたら洒落にならないだろう」
「そうだな」
「SDカード入れ替えなければならないプラットフォームなんてあるのか」
「そういうのじゃないんだ」
こ奴が,そんなまっとうなことをするはずはない。しばらく音信不通だったから,あたりまえの感覚が戻っていなかったのだ。
「jpeg?」
他になかったとはいえ,それにしてもなさけない聞き方だ。いかにも「それそれ」という様子で徹は頷く。
「おれ,これまで腐るほどマンガにお金かけてきたからさ。そろそろ,いいんじゃないかと思って。もういいよ,って自分にな」
それは,こおろぎの精だな。喬史の行方がわからなくなったとき,自分の心の声を代弁するのに使った奴だ。評論家でもあるまいし,後から振り返るとそうだったというだけで,すっかりその手のやりとりの感覚が戻ってきた。
「自炊するの?」
「世の中には奇特な人がいるんだ。ほとんどこれで読めるぜ。ただ,つげだけはなくて,結局,この前,神保町の三省堂で全集買っちゃったよ」
「人気あるんじゃないのか,つげ?」
「ないない。おれらのまわりに読む奴が多かっただけだよ」
「つげっていえば,和之がなにかネットワークビジネス始めているみたいなんだけど。スピリチュアル系の石とか」
「え,多摩川の河川敷で拾ってきたものをオークションにかけるみたいな奴か?」
「それは,つげのマンガそのままじゃないか。きれいな石がよくタイムラインに流れてくるんだ」
「魂とか題がついた石だろう」
「水に濡らすと色っぽいとかって,それはつげのマンガじゃないか。そうじゃなくて」
結局,学生時代みたいなやりとりになってしまった。意外と疲れるのだけれど,自分のフィールドに帰ってきたかのようで,まあ,それはそれで情けない。