Chevron


3月に徹の家の片づけを手伝ったときのこと。「喬史が暇だそうで飲み会のセッティングしてくれよだって」という話になった。探偵を始めて1年,当初から相談件数は増えるものの,なかなか依頼につながらなかった。それでも昨年後半は忙しそうにしていたものが,年が明けてしばらく後,あまりに暇すぎで,自社サイトを数十ページ分更新しているのだという。

連休初日あたりに裕一がくる予定だったので,そのタイミングに合わせて日程を調整したところ,ご存知のとおり,連休期間の宿泊代はべらぼうな値段で取引されている。予定は1か月順延された。

それでもまあ飲もうということで,先週金曜日,西新宿のぼるがで昌己,徹,伸浩と飲んだ。喬史は当日,仕事の依頼が入ってキャンセルになった。吉報だ。

で,飲み会の話がどうのこうのではまったくなく,30年近く前,P-MODELが凍結し,平沢進がソロ活動を始め,P-MODELが解凍したあたりまで,だいたいライブに出かけていたにもかかわらず,足が重くなってきた理由の1つが“ Chevron” だったことを思い出した。昨年から,四半世紀ぶりに徹と定期的に話すようになって,結局,連れ立って出かけることが少なくなった時期の,それも昌己の言葉を思い出したのだろう。まあ,記憶なんてそんなものだ。

“Chevron”は解凍P-MODELの2ndアルバム“big body”に入っている曲だ。平沢が「新しい歌唱法を試した」とインタビューで語っていて,当初,私は面白い曲だと感じたことを覚えている。

昌己はしかし,“Chevron”を聴いて,一言「アニメの曲みたいだな」と言った。それは少なくとも褒め言葉ではない。

平沢進がソロ活動を始めて以降,たとえ音源にE-Mu Proteus3が不可欠だと語られても,全体に音色が絞り切れていないとしばしば感じた。解凍P-MODELでは,ことぶき光が音色を絞り込み,白玉禁止など,箍を掛け軌道修正したにもかかわらず,平沢が結局,新しいボーカルスタイルを試し,結果,音色(歌い方だけど)を広げてしまった。それが昌己には,なんだかなあ……と感じられたのだろう。

私は,まだ平沢の活動から距離を置いてみることができない頃だったので,昌己にそう言われても,「いや,意外といいよ」くらいの返事をした気がする。

あの虚構性は,しかし,まずかったのだなあと,今は感じるのだ。『時空の水』で緩んだ箍がはずれたのは“Chevron”で,結果,歌詞に使う単語も緩くなってきた。この時期の緩さから恢復するには,実はかなり時間がかかったように思う。

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