再読

辻邦生の『霧の聖マリ』(中公文庫)を読み返しはじめた。30年近く前に,シリーズを一気に読み終えてから,一度くらい部分的にページを捲りなおしたことはあったものの,本式にはそれ以来だと思う。

10代の後半,布団に潜り込み,物置の奥から引っ張り出してきた蛍光灯というか読書灯と思しきライトを点ける。布団から出している手が悴むので,ときどき暖める。本棚1本あれば小説は納まるくらいの蔵書だった頃なので,そのときどきの気分で文庫本を引っ張り出してはラジオをかけながら読むというのが,だいたい23時以降はそんな調子だった。 新潮文庫に収載されて辻邦生の小説は,そんなふうにして読んだ。

文庫本とハードカバーとでは,少し勝手が違う。20代を折り返す前,引っ越したので,部屋は手が悴むほどには寒くなくなった。古本屋でハードカバーを買う程度とはいえ,本に費やす金が増えたのも同じ頃だ。喫茶店に出かけたわけでもなく,寒くはなくなった部屋で休日にハードカバーを読んでいたのかもしれない。

連作「ある生涯の七つの場所」は,一篇一篇が独立した物語になっていて,各篇に付けられた副題の色を串刺しにして読むと,大きな物語が見えてくる。中井英夫の「とらんぷ譚」が似たような意図で描かれたものの,こちらのほうが全体,成功している。

全部で100の短篇で構成されていたはずで,この歳になって,読み返すのはどうなのだろうかと思いはするものの,本書の4篇目まで読み直して,ほとんど内容を覚えていないことはわかった。

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