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昼前に起き出す。この調子では,明日からの出勤はまずい。朝・昼兼用で食事を済ませた。洗濯をして,STORESへの登録を数冊。17時半に家内と高円寺で待ち合わせているので,したくをして外に出た。寒い。野方経由で17時くらいに高円寺に着く。

ところどころ再開発のため, palは歯抜けのようになっている。再開発してどうするつもりだろう。ルックまで行き,アニマル洋子を覘こうとしたらシャッターが閉まっているばかりか看板が外れていた。まさか閉店ではないと思うものの心配になる。

このところ,高円寺の古本屋濃度が薄くなっており,酸欠を起こしそうな気分だ。しばらく前,藍書店が移転し,都丸書店は狭くなった。シャッターを上げている越後屋書店に最後に入ったのは,というか軒下の均一棚の一角に入ったのはいつだっただろう。これでアニマル洋子が閉店だとしたら。杞憂であればいいのだが。もともと中通りから北中通りあたりに古本屋がほぼなくなってしまったのが元凶ではあるものの。結論にたどりつかない問いだらけだ。

家内は30分ほど遅れるというので,駅前のニューデイズのイートインでコーヒーを飲みながら待つ。少ししてやってきたが,寒く強い風のせいで体調が芳しくない。買い物を済ませ,レヴンに入り夕飯をとる。遅れて娘がやってきた。帰りは新宿経由で,22時くらいに家に着いた。

「犬には普通のこと」を読み,『東京カウボーイ』を引っ張り出し,連作だけもう一度読み返している。何度か同じことをした記憶がある。単行本『東京カウボーイ』には初出がついていない。「ジャップ・ザ・リッパー」の初出が知りたくなる。たぶんネットで検索すると,「ミステリマガジン」の何百号かの記念号に発表された作品がひっかかるのだろうけれど,あれは後に「あとは沈黙の犬」に(たぶん)組み込まれた別の話だ。

連作「東京カウボーイ」は,最初の話が「歴史読本」だったかで発表された。伸浩が「矢作俊彦の新作,読んだのか」というので,なんのことかわからず,「読んでないのか」といつものように面倒くさい会話を始めた。載っていそうな雑誌の名をいくらあげても首を立にふらない。小一時間,不毛なやりとりを終え,ようやくその雑誌に掲載されていることを教えてもらった。

次の2作は治田明彦さんが編集長だった頃の「すばる」に発表されたものだ。2作目の後半は,もしかすると『フィルムノワール/黒色影片』に取り込まれているかもしれない。まだ二村永爾が日本にいて,中国帰国者が多く住む団地での場面で似たような文章を読んだ記憶がある。短編にまとめるには求心力に乏しいストーリーを,ぎくしゃくとしたやりとりに軸足を置いて展開しようという企ては半ば失敗していると思う。にもかかわらず,ときどき読み返してしまうのはなぜだろう。安部譲二さんとは違うスタイルでやくざの世界を描き,結局,それが日本のぎくしゃくした世の中を映しているからだろうか。

「ジャップ・ザ・リッパー」は「犬には普通のこと」とストレートにつながる物語で,登場人物も被る。友人の団塊世代おじさんと矢作俊彦の小説の話をすると,だいたい「ジャップ・ザ・リッパー」の最後のくだりについてどう読むかという不毛な話になる。つまり,説明のとおり,首の血管を血は出るけれど傷にはならないくらいだけ切らせるか,もしくは致命傷を負わされるか。はたまた,傑が相手に致命傷を負わせるのかというあたりだ。

小説内の時系列は「犬には普通のこと」が1989年,「ジャップ・ザ・リッパー」はその少し後,『ららら科學の子」が1998年とすると,傑は死にはしなかったことになるけれど,まあ,そんなことをいうと『マイク・ハマーへ伝言』と「言い出しかねて」の整合性云々になるので,どうでもいいことだ。

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