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このところの非道い気圧のため,朝から調子が悪い。遅出にさらに遅れて出社。19時まで仕事。小雨が降ってきた。帰宅後,夕飯をとる。娘の帰宅後,届いていた卒業アルバムを少し見る。

矢作俊彦の「ビッグ・スヌーズ」はあと1回くらいで終わりかと思う,チャンドラーの『大いなる眠り』を引っ張り出す。数年前,Zepp東京に行ったとき,待ち合わせ時間前に駅構内の書店で買ったものなので(追記:と思ったら,ブックオフで手に入れたもののようだ。あのとき買ったのは『リトルシスター』だったのだろうか),村上春樹訳。今月号で30章の後半まできているので,と,まさか,毎号1章ずつ照らし合わせて書いていったわけではないと思うが。

『大いなる眠り』は全31章だてなので,あとは最終章をどのようにまとめるか。1回,もしくは2回で終わると思う。

『ロング・グッバイ/THE WRONG GOODBYE』で『長いお別れ』を換骨奪胎したのは別にして,というのも『長いお別れ』はチャンドラーにしては物語の構成がカチッとしているので,プロットが弱いと評価されがちのチャンドラーのプロットを使って,矢作俊彦はなぜ,新たしい物語をつくろうとなど考えたのだろうか。『大いなる眠り』は,それこそ首猛夫のように休む間もなく歩き回り,事件に遭遇するマーロウの様子を,同時代のマンガでケチをつけられたと,昔の「ミステリマガジン」で読んだ記憶がある。

『ロング・グッドバイ』初刷では,ある事件の犯人の自白の1行をすっ飛ばしてしまったにもかかわらず,小説家本人以外,ほとんど気づかなかったという逸話がある。チャンドラーの作品のなかではプロットがもっとも安定しているといわれる『長いお別れ』をもとにしたから,というわけではあるまい。既出の短篇,中編をまとめて長編に仕立てたチャンドラーの技量は,わざわざ犯人に自白させる必要などないままで説得力のあるものだ,と強引に言いきってしまおう。『ビッグスヌーズ』の,だから矢作俊彦の小説のなかでは一,二を争うほどの面白さは,チャンドラーにおけるプロットの意味を問うことにつながるかもしれない。

「チャイナマンズ・チャンス」がゴロウ・フジカワものに回収されたことも,「ルッキン・フォー・ビューティー」が『引擎 engine』単行本化までのつなぎになったことも,今さら問う必要はあるまい。

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