週末

梅雨が明けたらしい。土曜日は昼過ぎに中井の事務所まで。本を整理。14時半くらいに久米君が来訪。16時半まで仕事の話をいろいろと。17時くらいに家内がやってきた。新井薬師前駅で降り,たこ焼きを食べた後,中野方面へ。中野ブロードウェイの一本手前を入った通りにできたLOU珈琲店に入る。ちょうど席が空いたので,座ってしばらく。買い物をして,中野ブロードウェイの4階に行き,文庫本を買う。あいロードにできた小洒落たリカーショップで夕飯を調達して帰宅。ワクチンの影響からか,昨夜,少し熱っぽかったので,予定通りになるか心配だったものの,その後は少しだるいくらいで日常生活に支障はない。

とはいえ日曜日は少しだるい。一度起きて朝食をとり,昼過ぎに1時間ほど眠る。15時くらいに家を出る。高田馬場で昼食をとり,事務所まで。18時過ぎまで仕事をして,大塚まで歩く。ブックオフで文庫3冊購入。池袋で降り,夕飯用にお弁当を買って帰る。家内と夕飯をとる。STORESに数冊登録。

自分で書いたTLを拾いながら,少し補足。

死語かもしれないが,サブカルは「過激」に集(たか)ったのだな。オーケンの1982年の日記,有頂天のライブでの「過激な割に盛り下がっていた」に漂う感じ。ここには単行本で読んだときから,居心地の悪さを感じた。それは当時の「過激」に集るさまが愚直に示されていたからだと思う。サブカルが集ったあたりはこの手の「過激」だった気がする。「過激」に集ったあたりでは、過激を通過儀礼、刻印されないタトゥーのようにとらえていなかっただろうか。にもかかわらず喜・悲劇なのは,社会的にはまったくそれが通過儀礼だというコンセンサスがなかったことだ。

いじめについては自分が把握する範囲で,場の整合性がとれることにだけに腐心していた気がする。同時代に,私の隣でそのようなことが起きていたかもしれないことについて,否定はできない。一方で,だから,弱い者いじめの出自についてはいまだ理解できない。映画「軽蔑(邦画の方)」の浜辺のシーン,特撮の「パティーサワディー」のPVがトラウマのように記憶から失せないのは,たぶん,いじめがある場の,あれがなれの果てだという認識がどこかにあるからだろう。

当時の「過激」に集った諸々ついて,数年後,オーケンは「モーレツ ア太郎」の歌詞でケリをつけているように思える。

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