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『マイク・ハマーへ伝言』特装版が届く。著者謹呈しおりが添えられている。

出口裕弘がパリを舞台にエクスパトリエートを描いた小説が何らかの役割を果たしたとするならば,それは『マイク・ハマーへ伝言』がエクスパトリエートたちを描いたことを気づかせてくれるくらいのものかもしれない。

本書の巻頭に掲げられたマンガ”Count me out”は,これまで矢作俊彦がインタビューのなかで幾度か語った幻の映画のためのシナリオをもとにしたものだという。当初,発表されたのは1970年1月,タイトルは改変され「焼けっぱちのブルース」となった。「日本短篇漫画傑作集2」に収載された際は一部手が入り,今回は,さらに描き換えられている。描き換えられたコマ,ページの線はやけに勢いがある。手塚治虫でさえ,晩年の線に勢いは消えていたことを思うと,こんな線で描かれた作品を読むことができるだけでも本書は貴重だ。

小説は1974年10月14日を描いたもので,最初は映画の資金づくりとの名目で文学賞に応募したという。結果,落選した小説をほとんどそのまま持ち込み,1977年末(奥付は1978年1月),ハードカバーで刊行された。

“Count me out”のなかで喪失したのものは松本茂樹と裕子,そして学生運動のきな臭さであり,そこでは登場人物に故郷喪失者としてのイメージはあまり投影されていない。一方,小説『マイク・ハマーへ伝言』においては,喪失したものが喪失した場の記憶を強固にする。ときに喪失した場の記憶が喪失したものに対する感情を置いてきぼりにしてしまうほどに。そして両者の喪失をつなぐものが車なのだ。

「何が本気なものか。これが本気なら人生は一場の悪い冗談だ」と吐露する英二はだから,喪失する前の場にとどまり,喪失する前のように振舞おうとするのだ。

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