想像力

仕事のため,朝5時半起きで仙台へ行く。
途中,福島あたりで地震があったというが,まったく気づかず。それよりも,福島のひとけのなさに驚いた。新幹線からとはいえ,街中に車や人がほとんど見えない。
10時すぎに仙台へ到着。そのまま車で,港のほうから宮城野区をぐるりと流してもらった。
被害の差ばかりに目がいく。そうするうちに,今度は被害の非道い場所を探しているかのように目を泳がせている自分に唖然とする。これでは,母親が亡くなる前の感覚と同じじゃないか。

昼をとった後,会場となったのは駅近くのビルの29階。まあ仕方あるまい。
19時の新幹線で東京へ戻った。(2011年5月14日)

熊本地震についての報道を見ながら,以前,そんなふうに記したことを思い出す。熊本には親戚がいるので,15日の夜に連絡をした。揺れは非道かったものの,被害はないと聞きホッとする。16日未明の地震の被害がなかったか再び連絡するのは気が引ける。

2011年に比べ,情報のSNS依存度が圧倒的に増した。少しは賛否のバランスをつけて情報を流していたのだけれど,昨日からTwitterのフォロー者を調整する。そうでもしないと逆に反対意見を批判することが目的になってしまいそうだった。調整したから反対意見は消える。タイムラインは縮小し均一化する。で,まあ仕方あるまい。

Witchenkare

この前,あゆみBooks小石川店に出かけたついでに「Witchenkare」Vol.7を購入した。立ち読みにページを捲ると,久禮亮太氏が寄稿しているのをみつけたからだった。

Vol.6までのどれかを購入したような気がするし,今号掲載されている原稿のもとになるという国道16号線についての文章を,どこかで読んだようにも思う。矢作俊彦の『16号線ワゴントレイル』を読み返せば事足りると感じた記憶が残っているからだ。

手頃な分量のエッセイや小説,詩,ルポが並んでいて,通勤途中面白そうなものを拾い読むのにちょうどいい。「新潮」のフォーマットデザインが変わったときを思い出すような誌面だ。どうもWebっぽさを感じてしまう。

長谷川町蔵の小説は面白かった。

キネマ旬報

矢作俊彦のインタヴューが掲載されていると知り,「キネマ旬報」を購入した。「アゲイン」のシナリオが掲載された号を購入したくらいで,「キネ旬」は一貫して立ち読みする雑誌だった。そんなふうに言い切らなくてもいいのだけれど。 インタヴューがうまくまとまっていてよかった一方で,インタヴュー時の写真が掲載されていないことが気になった。

「アマ☆カス」の短期連載は単行本化を見据えたものだろう。とにかく一作でも多く矢作俊彦の小説の読める日が続いてほしい。「常夏の豚」がまとまれば,また,小説家としての矢作俊彦の印象は変わるのだろう。でも,昨夜ふと,映画「ハネムーン・イン・ベガス」のような幸福感が得られる小説を,いつか矢作俊彦に書いてほしいと思った。

神戸

はじめて神戸に足を踏み入れたのは,小学校にあがる前のはずだからギリギリ1960年代だと思う。西淀川に住む親戚の家で車に乗り換え,神戸からカーフェリーで別府まで行った。阿蘇を横断して天草五島まで,いったいどれだけ車中で過ごしたのだろう。幸か不幸か,その記憶は当時の写真の中にしかない。

西宮まで,つまり甲子園球場へはそれから10年,毎年のように出かけたものの,三宮・神戸まで足を伸ばすことはなかった。

その後,長い時間を経て後,出張でしばしば三宮・神戸へと出かけるようになった。阪神・淡路大震災後の年,9月に訪ねた神戸の様子は以前,記したような気がする。最近は多いときで年3,4回,少なくても1回くらいは神戸に行くことがある。

数年前,元町のガード下に店を構える古本屋を見つけてから,帰りの新幹線で読む本を調達するために寄るようになった。ただ,あのあたりの古本屋は遅くまでやっているわけではないので,出かけるかどうかは時間との兼ね合いなのだけれど。

出張のときは一人で食事をすることが多い。大阪ではあれだけ躊躇らわれる地元の食堂での食事が,神戸ではかなりハードルが低くなる。きちんとしたレストランにはさすがに一人では入ることはないものの,神戸では雑多な店にこれまで入り,食事をとった。

海外にたとえてもしかたないけれど,大阪と神戸は,ミラノとヴェネチアの違いとどこか似ている。

中目黒

気温が上がっていない。コートを着たまま,アルコール片手に川沿いを歩き,橋の上で写真を撮る人,人,人。

橋の上以外は,人が溜まらないから,流れについていくと,八の字に川沿いをぐるりと一回りしてしまう。桜は見事だけれど,初詣みたいなこの賑わいは少しおかしい。

昼食は遅かったものの,ここで取り損ねると,明日に響きそうだ。駅まで戻り,15,6年前を思い出しながら商店街を探す。あのときと同じ通りかどうかわからないものの,食事ができそうな店がいくつか入ったビルを見つけたので,夕飯を済ませた。女性向けにからだのことを考えてつくりました,と自己主張の激しい食堂だ。

帰りは恵比寿まで出て,山手線に乗った。

新井薬師と大泉学園にそれぞれ数年。あとは今,住んでいるところに15年以上。これまでの半分近くを西武線沿線で過ごしてきたので,東横線沿いの町はいまだ馴染まない。

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