50歳からの赤い公園

会社帰りに立ち寄った近くの書店ではFMが流れている。聴こえてきたのは荒井由実の“晩夏(ひとりの季節)”。NHKの銀河テレビ小説がよかった時代を思い出す。DJも同じことを言う。

赤い公園のアレンジ,演奏のセンスが,目にしたインタビューに登場するバンド,歌手とどうしても結びつかない。あぶらだことかP-MODELとか,キャプテン・ビーフハートとか,そういう固有名詞が登場するのを期待しても一向に出てきはしない。先日も昌己と飲みながら「“ひつじ屋さん”の出だしはどう考えても“カルカドル”だよな」とか「ニューウェイヴを経過していないとは思えない」とか話したばかりだ。

新譜を聴いて,13曲目“お留守番”で,ようやく荒井由実っぽいなと感じた。エレクトロニカを交えた展開はまあ独壇場。

繰り返し聴いてしまうのはオーラスの“木”。思い出したのはSiouxsie And The Bansheesの“Love Out Me”なのだけど,“木”のほうが情報量が圧倒的に多いし,格好よさは数段上だ。

赤い公園の楽曲の多様さはビジュアル系の多様さだ,と感じたのはあながち間違いでないと思う。ラルク・アン・シエルをきちんと聴いたことはないけれど,シングル曲がかかったときに,おやっと引っかかるところが似ている。ラルク・アン・シエルはCDを買おうと思ったことは一度もないのだから,赤い公園には,さらに何かあるに違いない。

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1曲めの“2034”は展開の妙。メロディよりも一音一音追っていくと面白い。先にも書いたけれど音の処理が格好よい。
明るく聞こえるメロディと,それが決して解決しないまま,続いていく構成は,まるで世の中を反映しているかのようだ。20年後まで,このもやもやが続いているという,あきらめさえ感じてしまう。

2曲目の“日本海”は,ところどころ“GUILTY”を思い出した。

3曲目の“浜辺にて”は,2014年版“アナーキー・イン・ザ・ムジーク ”といった塩梅。

50歳からの赤い公園

くるりのアルバムに続き,赤い公園の新譜“猛烈リトミック”がリリースされたので購入。

最近の新曲2曲が,代替可能な部分を広げたような音づくりに感じたので,先日も昌己と記名性が気に入ってたのに匿名性に流れると残念だなと話したばかりだったのだけれど杞憂だった。どこに匿名性があるのだろうか,というくらいオリジナリティにあふれたアルバムだった。これなら50歳になってからのリスナーにもウエルカムしてくれる,そんな音だった。

くるりの新譜についても書きたいことばかりなので,交互になるかどうかわからないけれど,とりあえず続けていきます。

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予約していたくるりの新譜「THE PIER」を家内がとってきた。娘も交えて聴いている。家内がよく聴いているのは竹内まりやや山下達郎,松田聖子に今井美樹と,音楽の趣味については治外法権でこれまでやってきた。数年前から,くるりだけは歩み寄ることができ,娘と3人でそれなりの回数,ライブに出掛けた。ということは,これまで記したとおり。

「Liberty&Gravity 」は,少し前のライブでお披露目されてからフロアで何回か聴いたからだろうけれど,あの「変な曲」を竹内まりやファンの家内が「ポン,ポン」と口ずさんでしまうのが,とにかく面白かった。考察すれば,レポート1本くらいはまとめられそうな反応の面白さだ。

1~3曲目の感じが「THE WORLD IS MINE」の「GUILTY」から「静かの海」に似ていなくもない。少なくとも音の処理については巷で例にあげられている「ワルツを踊れ」よりも「THE WORLD IS MINE」と共通していて,かなり手間をかけているように聴こえた。

ヨーロッパのスタジオでドラムを録音したと聞くと,中山ラビの「甘い薬を口に含むと」を思い出して,期待が殺がれる。ハンザ・バイ・ザ・ウォール・スタジオはさておき。「ワルツを踊れ」のドラムは,私には音の処理が甘すぎて,それがあのアルバムによい印象をもっていない大きな原因だと思う。

今作は,実のところ「坩堝の電圧」と曲のアプローチとしてはそれほど変化していないはず。大きく異なるのは音の処理やアレンジがやたらとチャレンジングなところだ。特にドラムは久しぶりにこんな格好よい音を聴いた。ほとんどBOBOの演奏だというのだけれど,クレジットを見なければ打ち込みだと思ってしまうくらい。「坩堝の電圧」も,ドラムの音が(悪くはないけれど),フレーズに比較してあまりに当たり前で,今でも凄くよいアルバムだと思うものの,そこだけは今ひとつの感じをもっている。(つづきます)

1979

古本屋で『網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ』(東浩紀編,青土社)が300円で売っていたので購入。週末にペラペラと捲っていたところ,いろいろひっかかるところがあった。

深谷は高校時代の友人だ。太っていて,眼鏡をかけ,おかっぱを少し長くしたような髪型。後に大塚英志の写真をみたとき,深谷そっくりだと思った。1年のときに同じクラスになり,彼が最初の友だちだった。どういう経緯だったか覚えていない。話題は音楽と漫画,アニメの話に終始した。彼は中学時代,剣道を勤しんでいたという。そんな感じはまったくしなかった。

当時,「宇宙戦艦ヤマト」は「さらば」の映画騒ぎがひと段落つき,映画版「キャプテンハーロック」の戦艦の形がポコチンみたいだとか,「サイボーグ009」のアニメは迷走しそうだとか,たわいのない話ばかり。
そうしたアニメよりも深谷は,日本サンライズのアニメ,「ザンボット3」「ダイターン3」など,ガンダムに至るシリーズがいかにすごいかを日々語る。今よりまったく規模が小さかったコミケにも当時から出入りしていたようだった。私はそれらのアニメを見ていなかったので,適当に相槌を打っていたように記憶している。

それよりも当時の私は,1時間の数本しか走っていないバスを待つ間に入った書店でたまたま買ったアダルトウルフガイシリーズ(角川文庫版)以来,気になっていた平井和正がスタートさせた真幻魔大戦,幻魔大戦はいったいどうなるのか,というよりもこれはSF小説なのか悩みながら読んでいた記憶がある。数年後,徳間書店から刊行されたムック「幻魔宇宙」は非道い毒気を放ったが,その萌芽はこの時期にあったはずだ。

70年代後半の,いや昭和50年代前半の日本サンライズ産アニメについて,80年代にはかなり語られたように記憶している。その後,(私が目にしていないだけかもしれないが)精緻なものはあまりみられないように思う。先の本で“出来の悪いアニメをあえて語る”というくだりは,昭和50年代の日本サンライズ産アニメにはピタリ当てはまるから,あえて固有名詞を伏せたのかとも思ったものの,文脈からすると,どうも違いようなのだ。だから,このあたりの経緯がスッポリ抜けていたように感じた。なおさら,記憶がフラッシュバックしてきたのだ。

この調子で昔話をつらつらと連ねていたら,恐ろしい分量になってしまいそうだ。

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