ビッグ・スヌーズ


週末に「新潮」2月号を手に入れ,まず,矢作俊彦の「ビッグ・スヌーズ」第2回を読んだ。国分拓「ノモレ」後編や,吉本ばななの中編,文芸誌は面白くなったものだと思った。(1月号を読んで驚いた藤野可織の「スイスへ」は今月,載っていなかったものの)

矢作俊彦がはじめて文芸誌に登場したのは治田明彦編集長時代の「すばる」で――大判の頃の「野性時代」を文芸誌ととらえるならば,5年ほど遡ることになるけれど――昭和60年代初めのことだった。その頃の文芸誌はまったく面白くなくて,というよりも,この前書いたように,同じ時期の小説は私にはほとんど面白さを感じなかった。

平成に入ってから「ららら科學の子」の連載が「文學界」で始まった。ときどき面白い小説が載っていたけれど,だからといって次号が出るまでに読み終えたものはほとんどなかった。2000年代に入り,論壇誌「論座」に「百愁のキャプテン」の連載が始まったときは,「文學界」よりも「論座」の方が遥かに面白かった。連載後半,いつ載るかわからなくなった頃,新人小説家として絲山秋子の小説に出会った。そのあたりから,文芸誌が少しずつ面白くなった。

「悲劇週間」が「新潮」(!),「常夏の豚」が「文學界」,「月下の鉤十字」が「すばる」に連載されたここ10年と少しの間,あれほどつまらなく感じた文芸誌がかなり面白い。「新潮」に関しては「フィルムノワール」連載の時期は内容にかなりばらつきがあって,なんだかつまらないなあと思ったこともあったけれど,それでも昭和の終わりから平成の初めにかけてのつまらなさ加減と比べるならば,遥かに読むページは増えた。

「新潮」2月号,「ビッグ・スヌーズ」に続いて松家仁之と加藤典洋の対談が載っている。数年前,矢作俊彦が「新潮」に書いたリレー日記のなかに,以下のようなくだりがあることを思い出した。

芸術新潮のM君から泣き顔で連絡。
パチンコ屋のことを『煙草臭いアウシュビッツでありチンジャラ煩いグアンタナモ』,人間を抑圧する装置としては似たようなものだと書いたら,そんなものの比喩としてアウシュビッツを持ちだすのは不謹慎,非人間的な行いだから書き直させろと,編集長に命じられたらしい。
すごいね。わが国の国際化は。編集長はイスラエルの人か? と聞くと,日本人だという返事。人道を云々するなら,なぜグアンタナモは良くてアウシュビッツだけ駄目なのか。少なくとも回教徒ではないようだ。
半分はM君を二週間以上待たせた負い目から,もう半分は嫌がらせから,アウシュビッツをダッハウと書き替えて戻すと,かの編集長氏はすんなりOKしたとのこと。吃驚。何教徒かは知らないが,頭が不自由な方なのは確かだ。
矢作俊彦:小説家52人の2009年日記リレー,p.83,新潮,2010年3月号.

ここに登場する「編集長」が松家氏だと思われる,と以前,読書会のブログサイトに書き込んだことがある。

まあ,どうでもよいことだけれども,2月号の対談は読んでいない。まだ,と付けるべきかわからないものの。

「ビッグ・スヌーズ」が順調に進むかどうかは次号がカギだろう。ここまでは「野性時代」に連載された「チャイナマンズ・チャンス」の出だし(中盤以降,まったく別の小説だから)を拾い上げて,若干位置関係を修正したところから始まっている。当時,「横溝正史の世界をロス・マクで描く」というようなコピーを読んだ記憶があるのだけれど,あれはいったい何だったのだろう。

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