対象論

午前中,体調がすぐれない。10時くらいに起き出して会社に行く。昼過ぎに着いた。テープ起こしの整理をして17時過ぎに会社を出た。

totoruで休憩。ディックの『ライズ民間警察機構』を捲る。隣の客がカキではなく,大きな声で喋る。聞いていないのに会話が聞こえてしまう。男はウクライナ人のようだ。曰く「教師以外,職についたことがない人に進路相談したくない」。ザ・ビートルズの赤盤が流れていて,これはたぶん曲順を諳んじられるくらい。次は“We Can Work It Out”だと思ったら,ぴったり。18時過ぎに出た。

新井薬師駅で降り,文林堂書店を覗くが,何もない。そのまま古本案内処に行く(いつの間にかサイトが出来ていたのか。このサイトと同じテーマを使っている)。昨日に続き,娘の講義用のテキスト(横光利一,新潮文庫)を探しにきたのだ。講談社現代文庫は何冊かあったものの,新潮文庫はない。他の棚も少し眺め,店を出た。

ブックオフ経由で帰ろうと早稲田通りを落合方面に歩く。ブックオフで横光利一『機械・春は馬車に乗って』(新潮文庫)を見つけ購入。旧版カバーだけれど,そこそこきれいだった。

土曜日にユマニチュードに関する講演を聴き,ああ,これはソマティック心理学の亜流なのかと感じたと書いた後,Wikiで検索してみたところ,竹内敏晴さんの「からだ」と「ことば」のレッスンもソマティック心理学の範疇に入れてあった。勘違いもはなはだしい。

ソマティック心理学のみならず,多くの心理学は基本的に対象論としてカテゴライズできるものだ。そこから派生したカウンセリング理論も当然,意味論を基盤にした対象論といえると思う。だから,自己啓発性セミナーは当然,自己はブラックボックスのまま,それを対象化した扱いに終始するのだ。

認知行動療法はじめ,環境によるセキュリティからユマニチュードまで,自己をブラックボックスにしたまま手つかずに,環境を操作してその場をやり過ごすノウハウが,20世紀の終わりからとにかくメインストリームを席巻している。

専門家がやたらと対象論に走るのは結構だけど,私が対象にされるのは勘弁してほしいというのが正直なところ。

神保町

午後から東大島で取材。池袋西口の古本まつりで,『あっかんべェ一休』(第1巻,第2巻)をそれぞれ300円で購入。丸ノ内線で淡路町まで出て,都営新宿線に乗り継ぎ。東大島駅に初めて降りる。改札の左前に並ぶ団地をくぐると大きな公園が見える。なのに全体,気持ちが揺さぶられない。公園を突っ切り会場に。ソマティック心理学の亜流なのかと腑に落ちる。

国道沿いのブックオフを覗いたが何も買わないで,そのまま平井駅をめざす。途中,珍来でソース焼きそば。手打ち麺だけれど,味が濃すぎる。野菜が少ない。平井駅から総武線で水道橋まで行く。

白山通り交差点まで歩いていると雨が降り出す。このあたりの古本屋は,何軒も店を畳んだけれど,相変わらず営業しているところがそれなりにある。アムールショップ店外,2冊100円で文庫を手に入れ,岩波ホールの下に。

しばらくすると家内と娘がやってくる。娘が受ける講義のテキストを探す。八木書店まで何軒かの書店を覗くが目当ての本は見つからない。交差点までもどり九段下方面に行き,ようやく一冊を見つける。水道橋方面に戻るが,18時をまわっていたこともあり,見つからないか店が閉まっていた。

Yamitukiカリー神保町店に入り夕飯。半蔵門線を九段下で乗り換え高田馬場に。娘と家内は先に家に帰り,私はブックオフに。もう一冊のテキストを見つけた。

小一時間程度だったけれど,久しぶりに神保町をまわった。ある時期からだけれど,古書センターから九段下方面に向かう数件で,神保町での用事はほとんど済むようになった気がする。思い返すと,中野書店をチェックして,そのまま6階だか7階まえ上がり,その後,日本特価書籍小売部あたりまでをぐるっと見て,一本裏通りの中古CD屋を覗いて帰るようになったのは,遅くとも平成に入ってからこっちのこと。

それまでは,ミステリーや幻想小説を手に入れるために,東京堂書店並びの奥が成人雑誌立ち読み客でムンムンとした古書店に足を運び,結果,すずらん通りにも何軒かチェックする店ができ,食事もとった。

書肆アクセスで,オーロラ自由アトリエの雑誌「批判精神」を手に入れたり,もちろん中古楽器を探すにも,すずらん通りは欠かせなかった。

なんだか,ネットでチェックする情報を代替していたのが,当時のすずらん通りだったような気がしてきた。

Party

昭和60年代が始まったばかりのある日。伸浩と一緒に,徹のアパートに行った。ウーロン茶を飲みながら,SPKだったと思うのだけれど,重機が暴れまくるビデオを見ていた。

しばらくすると麻雀帰りの昌己,喬史,裕一がきた。さらにブラバン帰りの和之まで顔を出す。17時を回っていただろうか。喬史が「夕飯,寿司にしようぜ」と提案した。徹は,いまだかつて回転寿司屋にしか入ったことがないのをネタにしていた。彼の頭のなかは,回転寿司がいちばんの贅沢で,次がテイクアウトの寿司という序列だった。アパートの近くに小僧寿しがあり,徹はそこをよく利用していた。

「そういえばさあ,パーティー寿司っていうのがあるんだ。パーティーだぜ。パーティー+寿司ってさ,いったいどんなのだよ」

そのとき,徹はさておき,他の奴は「パーティー寿司」=大人数で食べる寿司という常識くらい,たぶんもっていたはずだ。その後30年,この話を蒸し返したことはないけれど。徹は「パーティー寿司」=豪華な寿司という認識だったような気がする。「パーティー寿司ってのがあってさあ,食べたくなるじゃないか」と言われたことを思い出す。

パーティー寿司7人前の注文が入ったその小僧寿しでは,もちろんすぐにできるわけはなく,1時間後に取りにきてほしいと言われた。買い出しに出た私たち数人は,そのまま古本屋かレンタルビデオ店を眺め,7人前のパーティー寿司を確保したとき,19時をまわりそうな時間になっていた。

徹のアパートに戻り,各自1桶のパーティー寿司を目の前におく。そのときの様子を今も覚えている。徹は部屋にテーブルをおかないと決めていたのので,畳に桶を並べるものの,各自それぞれの方向を向いて食べざるを得ない。

「おぉ,これがパーティー寿司か」喬史が声をあげる。「すごいな」伸浩が続く。

歓声があがったのはそれからしばらくまで。あとは苦行そのまま,声が出なくなってくる。

「これ多くないか?」ようやく徹が気づいたようだ。「もしかして,1桶をみんなでつまむんじゃないか,これ」

「多いよ。まった,誰か気づけよ。しょうがねぇな」そういう喬史は,まるでとってつけたかのような物言いだ。和之は食べながら不機嫌になってきた。徹以外,誰もが,こんな量を一人で食べるはずないと最初から感じてはいたのだ。ただ,徹の勘違いが面白くて,ここまで来てしまった。

「ああ,もう食えねえ」昌己がギブアップしそうになるのを見た喬史が「なんだ,白いのばっかり残っているじゃないか。知らないのかよ。こういうとき,イカは先に食うんだよ」

いや,そんなこと誰も知らなかったと思う。第一,「こんなとき」という条件自体,おかしいだろ。

われわれはたぶん,こんなふうにして,それぞれの勘違いに乗りながら,ひたひたと流れがちな4年間に波風を立てつづけたのだ。

古本

日帰り出張帰りで,何だか調子が今一つ。

座談会をまとめて,早めにあがる。池袋西口公園古本まつりを覗く。前回は,れんが堂書店のテーブルがとても魅力的だった。今回は全体にめぼしい本が見つけられない。坂口尚の『あかんべェエ一休』上下巻(大判)を見つけたので,買おうか悩む。やりすごして,一通り見てから考えることにした。結局,筑摩書房の漫画全集のうち「石森章太郎集」を購入。状態は悪かったけれど,巻頭の「ミュータントサブ」のカラーをきちんと読みたくなった。

19時半を回っていたので,『あかんべエ一休』を探しに行くが見失う。

古本を探していて,ときどきこういう状況に陥ることがある。今日も帰りに探してみることにする。

京都

一度会社に出て,昼前の新幹線で京都へ。品川駅ホームで先生と待ち合わせ,車中,あれこれ話しながら午後の準備をする。14時前に着き,そのまま南口前の新都ホテル。ロビーラウンジで対談を2時間ほど収録。入って左奥のテーブルは,ほどほどに他のテーブルと離れているので,予約しておけば,簡易な対談収録に使える。フラッシュ撮影は不可,厨房に近いため,コーヒーを抽出する音が時々鳴るものの,差額の室料なしで,数時間ならば問題なく使うことができ便利だ。16時半くらいに収録を終え,先生とホテル内の別のカフェ。京都駅で見送りして,東寺のほうに歩く。

ブックオフに寄り,半村良『女たちは泥棒』(集英社文庫),北杜夫『幽霊』(角川文庫)を買う。伏見稲荷大社を突っ切って京都駅に戻る。駅構内のスーパーでビールとつまみ,家へのみやげを買い,18時半過ぎの新幹線に乗る。平日の夕方だというのにほぼ満席だ。車中,『女たちは泥棒』を読みながらビールを飲んでいると眠ってしまった。品川で降り,高田馬場まで行って,そこで軽く夕食をとる。家に着いたのは22時。

この時期の京都に日帰り出張はもったいないが,予定なのでしかたない。これまで京都駅の南側に用事は一度もなかったので,初めて降りた。半日くらいかけて,ぶらぶらしてみたくなった。

京都には数年に1回ほどの頻度でくるけれど,何度訪れても土地勘に乏しい。

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