夢野久作

夢野久作の小説を読んだのは,昭和50年代が始まってしばらく経った頃のことだ。講談社文庫版全3冊の『ドグラ・マグラ』を読み,そこから一連の角川文庫を読み漁った。古本屋には三一書房版の全集が揃っていたので,これも購入して読んだ。買ったのは宇都宮の山崎書店だったと思う。少し後,箱入りの全集がほとんど同じ金額で並んでいるのを発見し悔しかった記憶がある。

三一書房版全集を通して,結局,埴谷雄高,鶴見俊輔,平野謙,荒正人らの名前を知った。中井英夫の小説は先に読んでいたにもかかわらず。

角川文庫版の『瓶詰の地獄』の解説は中井英夫が書いていたはずで,だから,角川文庫で最初に買ったのだと思う。にもかかわらず,『瓶詰の地獄』の手紙の並び順のアイディアについて,最初に読んだときは,どういうことかわからなかった。筒井康隆ファンの高校の友人に貸したときかもしれない。平然と,並び順について説明され,そういうことかとき理解した。江戸川乱歩から入って,探偵小説,推理小説を読み始めていたものの,初めて読んだメタ系だった。「赤い部屋」や「人間椅子」を,どのように位置づけるかによってそれは違ってくるのだろうけれど。

『ドグラ・マグラ』の「狂人の解放治療」「阿呆陀羅経」は,その後,反精神医学関連の書物を読む契機になった。その意味では夢野久作の小説から受けた影響はかなりあるはず。

ただ,変格派探偵小説とくくられるのが昔から気になっている。広義のスパイ小説,もしくはヘミングウェイと並ぶ戦争小説の書き手なのではないかと思うのだ。それは久生十蘭にも共通する。たぶん,夢野久作の小説のかなりの部分は体験談が元になっているのではないだろうか。文章が決して上手ではない,しかし強烈な文体はもっているあたりを一度,外してみると,そんなふうに見えるのではないだろうか。

夢野久作が不幸であるとするならば,あの文体は対話ではなく,独白であるところかもしれない。

風邪

少し仕事を進めようと思い事務所に出たものの,調子が悪い。メール数本を打って帰る。夕方まで眠る。喉が痛い。葛根湯と風邪薬を飲んで眠る。

月曜日は結局,午前中休む。ニュースレターの下版だけ済ませ,帰りに会社近くのクリニックを受診。インフルエンザではなさそう。芳林堂書店で夢野久作『死後の恋』(新潮文庫)を買う。クリニックで処方されたPA錠は服用すると眠気が非道い。

今日も午前中は休み,午後から出社した。眠気が続くので集中して仕事ができない。早目に切り上げ,家に戻りしばらく眠った。

『骸骨の黒穂』以来,ぼつぼつ夢野久作を読み直している。広義のスパイ小説と取材小説が夢野久作の持ち味だなあと思う。とすると,それは三好徹に通じるところがあるかもしれない。

中目黒

午後から取材があるので荏原中延まで行く。旗の台は年に数回,仕事でくるものの,そのまわりに降りることはほとんどない。駅前のアーケードでゆるキャラのイベントが行われていて,無料で豚汁などが振る舞われている。そういう店は人だかり,他は閑散としている。日頃はシャッター商店街に近いのだろうか。中延近くのブックオフに入るが何も買わなかった。荏原中延駅を挟んで北側の商店街のお寿司屋さんで青魚丼。「今年のさんまは,そろそろ終わりですね」。今日は3人が注文したそうだ。コハダ,コノシロの話。コノシロはなぜか,大きくなると安くなる。

会場で15時半まで講演を聴く。当事者が抜けているような気がする。一方で当事者研究には他者が見当たらないというツイートを最近目にした。

武蔵小山まで歩こうと思い北に向かったものの,東に方向転換し,五反田をめざす。TOCの靴屋で1足調達してブックオフに入る。中央公論社のコンビニ本『仮面ライダー』を捲ると,連載第三回あたりの原稿が着色されている。もちろんそれをグレイスケールで処理しているものの。とりあえず購入した。

目黒からバスに乗り中目黒で娘と落ち合う。少しして家内が来た。先日オープンした高架下の店を眺め,エヌ1221で夕飯。

観光地のような町。

 

みちくさ市

半年ぶりのみちくさ市は天候に恵まれた。

このところ試行錯誤続きの一箱古本市出店。おまけに今回は直前まで準備をする時間がとれず,あれこれ考えることもなく,いつも並べているあたりの本(以前,読んだ本)に,最近読み終えた本(新書がほとんど)を合わせてえいやっ! と箱に詰めた。いきおい,持っていった本の冊数はいつもの半分くらい。

にもかかわらず結果,多くの本を次の読者の手元に届けることができた。これまでにくらべると,ここ数年の間に刊行された新書,文庫が多いのはそのため。一箱古本市に出店するごとに,手持ちの1960年代,1970年代の本が減っていき,並ぶのは1980年代以降の本が増えていく。今回,1/3は1980年代刊行の本だった。

記録

  1. ヴィーゼル『夜』みすず書房,1967
  2. ミュシャ展パンフレット,1978
  3. デニス・アーバーグ,ジョン・ミリアス,片岡義男訳『ビッグウエンズデー』角川文庫,1979
  4. ブラッドベリ『とうに夜半を過ぎて』集英社文庫,1982
  5. 中上健次・村上龍『ジャズと爆弾』角川文庫,1982
  6. 吉田健一『怪奇な話』中公文庫,1982
  7. 内田百閒『猫の耳の秋風』六興出版,1982
  8. 諸星大二郎『子供の王国』集英社,1984
  9. 石井好子『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』暮しの手帖社,1985
  10. 藤森照信『建築探偵の冒険』筑摩書房,1986
  11. 中島らも『啓蒙かまぼこ新聞』ビレッジプレス,1987
  12. 小沢信男『犯罪百話』ちくま文庫,1988
  13. 筒井康隆『旅のラゴス』徳間文庫,1989
  14. 大泉実成『東京サイテー生活』太田出版,1992
  15. 吉本隆明,プロジェクト猪『尊師麻原は我が弟子にあらず―オウム・サリン事件の深層をえぐる』徳間書店,1995
  16. 久生十蘭『魔都』朝日文芸文庫,1995
  17. 横溝正史『蝶々殺人事件』春陽文庫,1998
  18. 辻潤『絶望の書・ですぺら』講談社文芸文庫,1999
  19. こうの史代『夕凪の街桜の国』双葉社,2004
  20. 内田樹・名越康文『14歳の子を持つ親たちへ』新潮新書,2005
  21. 森達也『下山事件』新潮文庫,2006
  22. 森雅裕『高砂コンビニ奮闘記』成甲書房,2010
  23. 『真山仁が語る横溝正史』角川文庫,2010
  24. 野崎まど『死なない生徒殺人事件』メディアワークス文庫,2010
  25. 高原英理『アルケミックな記憶』書苑新社,2015
  26. 『消えた子どもたち』NHK出版新書,2015
  27. 保坂渉・池谷孝司『子どもの貧困連鎖』新潮文庫,2015
  28. 加藤陽子『それでも,日本人は「戦争」を選んだ』新潮文庫,2016
  29. 菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書,2016
  30. 石井光太 『「鬼畜」の家』新潮社,2016
  31. 高橋昌一郎『反オカルト論』光文社新書,2016
  32. 山崎雅弘『日本会議』集英社新書,2016

当日は10時半頃にセッティングを終えてからお昼までの間に,これまでになく本が動く。若い方がいつもより多い印象。何回か前に八切止夫特集雑誌を購入いただいた方がいらしたり,さすがに10回も店を出させていただくと,影の薄い私でも見知った方が増えてくる。

昼くらから少し人通りがまばらになったものの,とてもよい感じで本は動き続けた。

しばらく前に読み終えた子どもの貧困に関する文庫本・新書を並べていたところ,思いのほか関心をもって手に取る方が多い。お子さん連れのお母さんが「最近,子どもの貧困という言葉をよく聞きますよね。どの本がお薦めですか」と尋ねられたので,『子どもの貧困連鎖』(新潮文庫)をお薦めしたところご購入。

多摩やさんがいらして,日本会議関連の新書3冊をネタにしばらくお話。徳間文庫版『旅のラゴス』をお薦めすると,こちらも購入いただいた。

ルアーとばかり思っていたイカ釣り用のしかけは,昼くらいに一式購入。指値でかまいません――というより,値付けの知識がまったくないのでそういうよりほかなかったのだけれど――というと,それでも予想していた額よりはるかに高くをおっしゃられた。一度くらい本も指値でやりとりしてみたいけれど,そればかりだと疲労困憊しそうだ。

退屈さんが「伊集院静」ではなく「いま通り過ぎたの伊集院光ですよね」と。イメージよりかなりスマートだったので,まったく気づかず。伊集院静が通り過ぎてもたぶんわからないと思う。

駄々猫さんからチラシとおみやげをいただく(チラシ)。しばし大塚,茗荷谷,江古田談義。やはり1990年代半ばから閉店までの大塚・田村書店の棚は誰か写真を撮影してアーカイブしておくべきだと感じた。

Pippoさんがルアーを気にしてくださり来店。手にはチラシ(チラシ)。売れてしまったとお伝えしているところにMさん(この表記でよいのかな)がいらして本を購入いただく。毎度,拙いラインナップにもかかわらずチェックしてもらえるのがうれしい(お,これはMさんのブログ風だ)。

レインボーさん,おもしろ本棚の皆々様などなど,いらしてくださったり伺ったり。「この路上の片隅に」いてよいのだなあと思いながら,次回から屋号を変えようと思ってきたことが蘇る。あ,次回から屋号を変えます。Twitterでだるさんが適切に突っ込んでくださったとおり,発音できない屋号は諸々まずいな,と。

この世界の片隅に

みちくさ市の後,仕事の講演会での裏方作業がようやく終わった。

朝はまだ雨。ミネソタからいらした講師を京都にお送りするために渋谷まで向かう。昨日,ミネソタは地震がないと聞いた。大きくはなかったけれど今朝の地震。パニックにならなかったか心配していたものの気づかなかったという。ラッシュアワーの山手線に一緒に乗って品川まで。新幹線改札まで見送りをした。構内のPAULで朝食。1,2年前に通りがかったときには行列だったものの,今日はすぐに入れた。本屋を少し覘き,池袋に。代休をとっているので,何か映画を観ようと東口を出た。結局,「この世界の片隅に」にした。

映画が終わってからブックオフに寄ったけれど何も買わず。遅めの昼食をとり家に戻る。

原作の「この世界の片隅に」は数年前,上巻だけ読んだ。江田島のあたりの生活が描かれているのが印象的で,海軍兵学校で終戦を迎えた著者に送ろうかと思いながら,結局,送らずそのままになってしまった。

高井有一の『この国の空』が読書会の課題でちょうど読んでいるところだったので,映画を観ながら小説,原作のマンガが混ざり合って妙な感じがした。原作がエピソードの積み重ねでできているので,映画も同様のつくりで進む。ウェブで絶賛されているように声優としての能年玲奈の力はすばらしかった。

やがて時が来れば、どうしてこんなことがあるのか、なんのためにこんな苦しみがあるのか、みんなわかるのよ。わからないことは、何ひとつなくなるのよ。でもまだ当分は、こうして生きていかなければ……働かなくちゃ、ただもう働かなくてはねえ!
チェホフ「三人姉妹」

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