台風

「台風直撃で,都民の足が乱れる」。山田風太郎よろしく,何十万人が同じタイミングで躓くかのようなイメージの一日。

事務所では,単行本の責了前のゲラ戻しを終え,先日の検討会のテープを聞きながら原稿に起こしていた。窓越しに突風で空き缶がカラカラと飛ばされる音が聞こえる。「空き缶」という言葉にまつわる記憶と感触が久しぶりに蘇るような気がした。

夜のツイートで絲山秋子『薄情』が谷崎潤一郎賞を受賞したことを知る。年初からの読み直しは『末裔』まで辿り着いているので,『薄情』までもう少しだ。くりかえし評価されるのだけれど,本当に文章がうまい。『末裔』は,村上春樹が妙な年のとりかたをしなければ,もしかしてこういう小説を中心に書き続けていたのではないかという印象。

台風というと,結局,2005年のハリケーン・カトリーナ上陸のとき,ニューヨークの安宿で見たニュースの一場面が蘇る。それでなくても8月の末には,まとわりつくような暑さをここ10年,思い出してしまうというのに。

情報参謀

今日は午前中から事務所に出かけて仕事。夕方までかかって,下版前の単行本のゲラをチェックする。著者数名に確認箇所をメールすると,早速返事がある。家内と娘は新国立美術館に行っているので,夕飯はひとりでとることにした。

高田馬場のパブで,小口日出彦『情報参謀』(講談社現代新書)を読んでしまおうと思う。ただ,店員の対応が非道く,私の後に入ってきた6,7名の団体の騒音にいたたまれず,30分くらいで店を出た。居抜きで系列店に変わっただけなのだけれど,それまでの店の様子とはえらい違い。それでも3,4回は入ったものの,どこか他に居心地よい店を探さなければ。

新井薬師前まで行き,文林堂書店を見る。白土三平の『サバンナ』があった。あの気色悪さは,私がこれまで読んだマンガのなかで1,2を争うものだ。「シン・ゴジラ」との関連で,邪悪な眼差し,つまり油断した瞬間にこちらがやられてしまう緊張感というかサスペンス,それとはまったく別の眼差しを見て,この前,数十年振りに思い出したのだ。もちろん買わなかった。

夕飯は新井薬師に向かう最初の交差点の少し先に,それこそ四半世紀前からある中華料理店でとった。ただ,こちらも居抜きで別の店になったようで,印象は当時とまったく違った。ウーロンハイを餃子,ザーサイで飲む。定食で〆たらおなかがきつくなってしまった。

駅前で夕飯をとる店を少し探したときのこと。2016年に自分が新井薬師前にいる,平成のはじめ頃,同じようにこのあたりをぶらついていた私はまったく想像もしていなかったそのことについて考えた。仕事に就いて数年後,この町に住むきっかけは弟がミラノに行ってしまったことで,空いたアパートに転がり込んだのだ。新井薬師に思い入れも何もない。にもかかわらず,この四半世紀で変わった景色と変わらないそれとを無意識に比べながら歩いている自分が妙にくすぐったかった。町が自分に負ぶさってくるような感じとでも言えばいいのだろうか。その町が新井薬師なんだから,自分の意図も何もあったものではない。

『情報参謀』は,中華料理屋でウーロンハイを飲みながら読み終えた。とても興味深いのだけれど,まったく私が嫌いな世界だ。昔,ゴルゴ13でもルパン三世でも,こうしたスキーマをかいくぐる快感を物語のなかで展開していた。圧倒的に絡み取られるだけの世の中なんてつまらないなあと思いながらページを閉じた。どこまで行っても「意味」を問われる,フロイト流精神分析のようなもので,あの重さと執拗さといったら,それはそれは。

コンビニ人間

なかなか風邪が治らず,病院に行き薬をもらい飲んでいる。

仕事が山積みなのだけれど,残業しても効率よくすすめられそうにないので,ここ数日は早めにあがってしまう。とはいえ,帰りに古本屋や本屋に寄るから,家に着くのは20時くらい。

今月の読書会の課題本は村田沙耶香『コンビニ人間』。芳林堂書店で「文芸春秋」を買った。ついでに5階の古本屋を覗き,遠藤瓔子『青山「ロブロイ物語」』正続(世界文化社)を見つけたので購入した。地下の居酒屋でビールを飲みながら絲山秋子『ダーティ・ワーク』(集英社文庫)を読み終えた。後半になるにしたがって面白さが増す。

土曜日に買った本は大塚英志『二階の住人とその時代-転形期のサブカルチャー私史』 (星海社新書),小口日出彦『情報参謀』(講談社現代新書)。スワンベーカリーで遠藤瓔子の本を読もうとしたのだけれど,大塚英志の新書を捲っていると止まらなくなってしまう。スマホに家内から連絡があり,バイトを終えた娘が偏頭痛になったため,薬をもって新宿まで行ってほしいとのこと。家に戻って薬をとり,新宿ルミネエスト2階の連絡橋のところで座って待つ。

すぐに娘がやってきたので薬を渡す。一緒に東中野まで行き,駅ビルのカフェで娘を待たせ,ブックオフを覗きに行く。数冊購入したけれど,結局,大塚英志の新書を読み続ける。

夕飯は家内と待ち合わせ高田馬場でとった。日中,ゲリラ豪雨が何度も起こる。娘に薬をもっていくついでにカメラを携え,水たまりに映る景色を何枚か撮影した。

村田沙耶香『コンビニ人間』を読み終えた。なんだか「シン・ゴジラ」の巨災対にいそうなキャラクター造形。この手の物語が受けるのか。読み始めたあたりではディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のエピソードに入れ込めば面白いかなと思ったのだけれど,途中から結局,あらかじめ正解のある世の中,というかしくみのなかでの,ディスコミュニケーションの面白さのようなものを切り取った小説という感想で終わってしまった。他者との対話がないから,物語は動かない。そのかわりに手順を並べる。それは「シン・ゴジラ」にも感じたことだった。

感想「シン・ゴジラ」

感想「シン・ゴジラ」
感想「シン・ゴジラ」

『ヤマト』のセリフを覚えていることって,すごく今役に立ってます。専門用語を羅列するのに,僕はなんの苦労もないですから。そういう単語がバーッと出てくる。波動砲の発射過程だけで二分。大砲を打つだけで二分も描写があるんですよ。五話のときには。

あれがいまでも役に立ってます。自分のことを僕は『ヤマト』の正統な後継者だと思っている部分もあるんですが(笑)。
監督 庵野秀明ロングインタビュー,クイック・ジャパン,Vo.9,1996.

「シン・ゴジラ」を観ての感想は,結局のところ,この2冊からの引用で済んでしまう。

リアルを求めるというのは,多分インターネットの普及と無縁じゃないでしょうね。ネットの中に転がっているリアルって,リアルでもリアリティでもない。最近の若い作家はリアリティが上手だっておっしゃられたけれど,彼らのリアリティはどこまで突き詰めても身体性には行き着かない。いわゆるネット的なリアルなんですよ。

例えば『踊る大捜査線』で描かれる警察っていうのは,それなりにリアルなんですよ。あれが出てくるまで,日本の刑事ドラマなんて神奈川県警の警官が東京で捜査するみたいなデタラメなものだったんだけど,あれはその点よくできてる。所轄署に管理官がやってきて捜査本部ができると,所轄の人たちはお茶汲みばっかりやらされるとか,そういう瑣末なリアルはちゃんとしてるんです。で根本的なところ大嘘をつく。それがさっきから言ってるリアルの正体だと思う。ただ,そのリアルがあれだけ客に受け,大金を稼いでいるわけですからね。

大友(克洋)の場合,身体から離れることが彼の芸術の一つの重要なモチーフだったんだけど,ほかの作家は単に才能がないから身体からフワーッと離れてしまう。彼らは安易な表現として,さっきから言っているリアルを振り回す。だからストーリーが衰退するんです。人間のドラマがどんどん衰退していく。
矢作俊彦vs安彦良和,月刊ガンダムエース,2003年11月号

別の対談(藤原カムイとの)で,押井守を称して,彼は一貫して警察行動を描くけれど,戦争は描かないと語っている。「シン・ゴジラ」に通底する押井守感は,つまりその共通性なのだと思う。庵野監督は意図的に押井守が撮ったゴジラ映画をイメージして本作をつくりあげたのではないだろうか。「シン・ゴジラ」の欠点の多くは押井作品の欠点でもあるのだから。それが巨額の稼ぎを生むことことの評価はさておき。

矢作俊彦の対談はその後,安彦良和の対談本としてまとめられた記憶があるけれど,そちらまでは手にしていないので,発言に手が入ったかどうかは確認していない。

押井守とは,ジャン・ルノワールに関する本の巻末で矢作俊彦は対談している。こちらも中古で見つけたら手に入れようと思ったまま,いまだ手に入れていない。

お盆

午前中から事務所へ。

メールの返事を出していると,昼になってしまう。午後から打ち合わせを一件済ませ,義父の病院に向かう。途中,仏花を買い,家族と待ち合わせ時間に間に合った。

しばらくして家内と娘がやってきた。義父の病室に行った。点滴で栄養をとっているためか全体,少しむくんでいるような感じがする。今であれば,外出し自宅に戻れるだろうから,家内にその旨,伝えてもらうと,義父も行きたいようだ。「髪の毛もこんなに伸びてしまったしなあ」と。変わらずにクリアな頭の回転で,なおさらに痛みとだるさは堪えるだろう。

30分くらいで病室を出て,バスで霊園まで行く。墓をお参りする。

そこからバスで停留所2つほどのイオンモールに行き,夕飯をとる。まだ風邪が治っていないからだろうけれど,疲労と汗。

バスで駅まで向かい,家に帰ってくる。

「シン・ゴジラ」のSNS界隈での評判と,私の感想の乖離。アマゾンプライムで平成ガメラを観たのだけれど,こちらのほうがサスペンスにあふれて面白い。もちろん平成ガメラシリーズはもともと評判がよい。矢作俊彦と安彦良和の対談を取り出して読み返したりした。

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