珍来

珍来に通い始めたのは,アルバイトが決まる少し前のことだった。

その頃,喬司や徹とは酒を飲むより,喫茶店で時間を潰すことのほうが圧倒的に多かった。喬司は金の出入りの差が激しく,非道いときは“夕飯はタバコ3本”というような感じだったからかもしれない。われわれは酒を飲むよりも,コーヒー1杯でありったけの時間を潰してばかりだった。話すことはいくらでもあったのだ。

そこに昌己や伸浩,裕一たちが加わり,その後,卒業までの実にくだらないけれど居心地のよい日々が始まった。YMCAのピクニックじゃないので,揃って何かするわけではなく,そのときどき近くにいた面子であちこち動き回った。

しばしば腹を空かせていたわれわれは,安くて量の多い店の情報だけは常に共有することになる。喬司か,もしかすると徹だったかもしれないが,大学最寄の駅から一駅上ったところにある珍来は,美味くて安いという話が出た。「本当かよ」「おまえの美味いは,あてにならないからな」形だけ否定しているものの,そういう話を聞くとすぐに行きたくなる。

同じ頃,徹がアパートを引越した。そこから珍来へは歩いて行ける。講義に出たある土曜日の午後,われわれは珍来ののれんをくぐった。(つづきます)

珍来

この前,20年ぶりくらいに珍来で焼きそばとギョウザを食べた。

たぶんはじめて入った小岩にある珍来は,ハッピーアワまでしばらくある隙間のような時間帯でもほぼ満席だった。客の7割近くは煙草をふかす。向かいのテーブルに居座る,柄のよろしくない若者の集団の一人は,すでにトイレで胃をひっくり返していた。戻ってきてそういいながら,店員にレモンサワーのお代わりを頼む。

焼きそばは油っぽく,ギョウザはボリュームがありすぎた。瓶ビールで流し込んだはいいが,勘定を済ませ,近くの書店を探してぷらんぷらんしているうちに気持ちが悪くなってきた。そのまま義父のところへ行く予定だったのだけれども,キャンセルしてしまった。

何度か書いたけれど,30年前,ゼミの教授がカウンセラーとして勤めていた精神病院で2年間ほどアルバイトをしたことがある。準夜勤1回,深夜勤1回の週2回でバイト料は6万円,そこに幾許かのボーナスがつく。食べる気さえあれば,病院食と同じだけれど夕食,朝食も出る。待遇はよいので代々,その教授のゼミ生がアルバイト枠を死守してきた病院だった。

徹と同じタイミングでアルバイトに入り,翌年に和之が加わった。友人以外に同じ学部の知人が数名,その時期に同じ病院でアルバイトをしていた。

準夜勤は17時半からなので,3階準開放病棟のナースステーションに着くと,申し送りの看護師を横目に1階の食堂に降りて夕飯をとってから仕事に入る。当時は肉が嫌いだったから,メニューによってはほとんど手をつけないこともあったし,お世辞にも美味いものではなかったが,それでも月数回の食費は助かった。

深夜勤は午前0時前から始まる。夜半の薄暗い道を病院へ向かう途中に珍来はあったので,アパートで夕飯をとらずに,そこに寄ってから病院に行くことが多かった。(つづきます)

日本会議の研究

期待していた『日本会議の研究』(菅野完,扶桑社新書)を読み終えたが正直,いまひとつピンとこなかった。矢部宏治もそうなのだけど,どこか一橋文哉を真似た感じに加え,広告代理店社員風に見えてしまうのはどうしてだろう。執筆の大儀はあるはずなのに。

いつの頃からか,ノンフィクションの体裁をとる「答え探し本」が増えた感じがする。にもかかわらず,示された答えに心が揺さぶられることはあまり多くない。

仮に,サンデルの例題よろしく「『日本会議の研究』の売り上げの一部は日本会議に維持に資するため寄附しています。」あなたは読みますか? なんてことになっても,それはディックだったら,短編1本で済ませてしまう程度のアイディアだ。陰謀論のダブルバインドからは,とりあえず降りておくことだ。

すでに手元にはないものの,『インサイド・ザ・リーグ』を引っ張り出せば済みそうな感じがした。

本を見る

夜からの読書会を控え,『キャッチ=22』の,いまだ上巻を読み終えていない。決してつまらないからではないのがつらい。1章1章が短篇として完結しているかようなアイディアと完成度。隙がないというか,これほどアイディアを詰め込まなくてもいいのではないかというくらいの過剰さだからスピードが上がらない。

はじめは読み飛ばすのが惜しいので,じっくり読んでいたものの,もはや間に合わないことは明らかだ。起きてから本を捲り,家内,娘と昼食をとるために近くの喫茶店に出たときにも読み続ける。何とか上巻を読み終え,下巻に入ったのは16時近く。下巻の厚さがずっしりと左手に伝わってくる。

会場へ向かう電車の車中はもちろん,最寄りの駅まで着き会場に向かう前,つまりは本郷三丁目で,名曲喫茶「麦」に入り,とにかくページを捲った。出かける前には小林信彦の『小説世界のロビンソン』を取り出して,『キャッチ=22』について触れてある箇所をチェックもした。とにかく読書会で語るネタを寄せ集めたのだ。

ページを捲りながら,私は本を見ているという感覚しかしなくなってきた。つまらない小説ならば,それでかまいはしない。繰り返そう。でも,面白いからつらい。そんなこんなで何とか読書会に間に合わせた。

以下は,SNSに引用した箇所から。

『キャッチ=22』は第二次世界大戦末期,イタリア戦線に所属するヨッサリアン大尉をめぐる不条理な物語。ダニーカ軍医は“狂った者がいたら飛行勤務を解く”という規則を説明する。

「オアは気が狂っているか」
「ああもちろんだとも」とダニーカ軍医は言った。
「あんたは彼の飛行勤務を免除できるか」
「できるとも。しかし,まず本人がおれに願い出なければならない。それも規則のうちなんだ」
「じゃ,なぜあいつはあんたに願い出ないんだ」
「それは,あの男が狂っているからさ」とダニーカ軍医は答えた。

キャッチ=22とは,

それは現実的にしてかつ目前の危険を知った上で自己の安全をはかるのは合理的な精神の働きである,と規定していた。オアは気が狂っており,したがって彼の飛行勤務を免除することができる。彼は免除届を出しさえすればよかったのだ。ところが願い出たとたんに,彼はもはや狂人ではなくなるから,またまた出撃に参加しなければならない。オアがもしまた出撃に参加するようなら狂っているし,参加したがらないようなら正気だろうが,もし正気だとすればどうしても出撃に参加しなくてはならない。ところが,出撃に参加したくないというなら,それは正気である証拠だから出撃に参加しなくてはならない。

『キャッチ=22』の解説は松田青子で,『スタッキング可能』は『キャッチ=22』を念頭においているはずだけれど,思い出したのは毎度の矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん』冒頭に登場する「イーゴリー法」だ。

(イーゴリー法の)第一条は高らかにこううたっている。
「民族的または民俗的または身体的または性的または性的実践上の,社会的または社会的実践上の,または社会的出自上の,とどのつまりは受苦する存在としてのありとあらゆる少数者へのおおよそすべての差別の撤廃」と。施行されてから早三年,まさかイーゴリー上院議員も,共産主義者やKKKの団員,はてはネオナチ党のテロリストまでが,当の法律違反で地域の民生委員を訴える日が来るなどとは夢々思わなかったろう。提訴の理由は,もちろん,
「社会的実践上の少数者への差別的迫害」
「全く! 永遠のとっちゃん坊やだよ,この国は」と,彼女は言い,また天に唾する真似をした。
「そして,困ったことに,それがこの国の活力でもあるのよ」
「そうなんですか」
「大恐慌の直後にニューディールだなんて,他の誰が考える? いいえ,考えたとしても実行しやしないわ。小僧のイマジネーションと実行力! ヨーロッパに対しても,かつてのソ連に対しても,まさにそれこそがアドバンテージだったのよ」
「禁煙法が,我が国の競争力になるって言うんですか」
「そんなこと,やってみなけりゃ判らないでしょう。何事も,やってみないことにははじまらないじゃないの」

戦争と医療

土曜日の読書会は,テーマがジョセフ・ヘラーの『キャッチ=22』(ハヤカワ文庫)なので,読み進めている。

少し前に数ページ捲って,若いときに読んでおきたかったというのが第一印象だった。辛辣な箇所を暗記しておいて,何かのときに使う。そんなネタの宝庫だ。しかし50歳を過ぎ,これだけのネタを今後,使う場面がどれくらいあるだろうか。それ以前に,暗記するにも膨大な分量なのでへこたれてしまいそうだ。

医療と戦争の親和性について,手塚治虫の『火の鳥』後半に登場する八百比丘尼を思い出す。ナイチンゲールのクリミヤ戦争だってそうだ。『キャッチ=22』を読みながら,そのことを思う。疾病・障害などと兵役免除は長い間,つながってきた。逆にいうと,疾病・障害からの復帰は兵役につくこととイコールだった時期が長く,医療技術は兵士の確保に大きくかかわってきた側面がある。端的にいってしまえば医療,リハビリテーションなどは戦争のなかで発展してきた技術なのだ。

このドタバタ小説の,というよりも戦争のなかでの医療に関する最大の逆説は「治して死地に赴かせること」に尽きるかもしれない。

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