知識

読書会の課題図書が野崎まど『know』(ハヤカワ文庫)なので,購入して読み終えた。

手馴れた文体とワイズクラックが散りばめられていて,かなり読みやすい。ただ,物語の骨格にあるウソのつきかたが,矢作俊彦流に言うと「学生がノートの端に書いた落書き」程度で,長編1本をもたせるにはかなり弱い。

武谷三男は,技術と技能を切り分けて,それぞれの側面をもつ技術論を展開した。当時の速記録を読むと,自動車の運転を例にあげて解説している。自動車の仕組みや運転規則,運転方法は技術化されているから教えることが可能であるが,一人ひとりがたとえそれらを教えられたとしても,すぐに自動車を運転はできない。ましてや路上に出て,運転するには,コツとカンを含めた技術/技能を身体化しなければならない。

技術には,すでに明らかになっているもの/ことだけではなく,原理自体は明らかになっていないものの再現可能な法則性をもつものも含む。後者はまだ「答え」として一般化されていないもの/ことだ。

みちくさ市から納会まで

塩山さんにしばし店をお願いして公園のトイレに行っている間,ようやく家内がやってきた。14時を過ぎている。自転車で目白駅を越えたところにある居酒屋まで行き昼食をとる。昼だけラーメンを出しているそうで,それを頼んだものの,何だかやけに胃にこたえる代物だった。寒いところから急に暖かくなったことも加わり,全体,からだの調子がすぐれない。

残り1時間で,持ち帰る荷物の量が見え始める。キャリーケース分が少し軽くなったくらいの手ごたえだ。

16時少し前に片づけはじめると,駄々猫さんがやってきて,ツイッターの投稿を話題にしてくださった。「『学歴詐称のせいで高崎線止まっちゃったの』と、家内が何か勘違いしている。」というもの。

レインボーブックスさんに,読書会の納会に来ませんかと声をかけてもらった。これまで顔を出したことがなかったのだ。一度家に帰ってから寄りますと答えた。場所は高田馬場だという。

受付にネームプレートを返しに行った。退屈男さんに,こちらではみちくさ市の納会に来ませんかと。次回は参加させてもらおうかと思いながら,自転車にダンボール箱とキャリーケースを載せる。娘と待ち合わせだという家内を残して,なかり重い荷物を自転車に載せながら家に戻る。

待ち合わせのはずの娘は,まだ家にいた。1階まで荷物を取りにきてもらい,片づけた。

少し休んだ後,高田馬場まで自転車で行く。読書会の皆さん,レインボーブックスさんも揃って,すでに始めている。炭水化物ダイエットの話というか,その真っ只中にいる人を肴のようにして飲む。

彦麻呂,8億円ショート,米澤穂信,西葛西のインド人,高田馬場のミャンマー人,着いたのは上海空港じゃなかった,そんな話がランダムに飛び交い,やけに面白かった。

みちくさ市

みちくさ市まで残り1週間と近づいたあたりから,前日必着のダンボール箱に何を入れるかを考えはじめた。文庫本は前回持ち帰ったもののほとんどを並べないことにした。小林信彦と内田百閒を持って行き過ぎ,それにもかかわらず手に取られることが少なかった前回のトラウマがどこかに残っている。単行本と雑誌は,もう一度並べてみようと思ったものが何冊かある。文庫本は当日抱えていくことにして,それでもダンボール箱はいっぱいになってしまった。

片岡義男のエッセイは何冊も売れて,それでも新たに買ったものを含め,手元にまだ残っている。今回はそこに小説を加えることにした。みちくさ市の日が片岡義男の誕生日だと知ったのは当日のツイッターでのこと。縁起がよいなあ,とそのときは思った。

当日の朝は晴れ。買ったばかりのジャケットに袖を通し,キャリーケースに詰め込んだ文庫本と雑誌を自転車の荷台に載せる。風が少し冷たい。

いつものとおり,メロンパン屋の隣にキャリーケースを降ろして,コーヒーを買いに行った帰りに受付を済ます。退屈男さんにダンボール箱を押してもらいながら二言三言,片岡義男つながりのことなど。

セッティングに何だか時間がかかってしまい,気がつくと11時間際だ。隣に嫌記箱を出していらっしゃる塩山さんに挨拶していると,そろそろ人が通り始める。

ぽつりぽつりと本が手元を離れていくのはいいものの,一向に家族がやってくる気配はない。夕方までひとりで店番というか場所取りのようなものだけれど,たち続けるのはどうなのだろう。思ったより風が強い。花粉だってかなり舞っているのだ。気温も上がらない。

「この間から見る空は高くて,いいねえ」

ふいに塩山さんがまるで詩人のように言うものだから,こちらまでそんな気分になってくる。

みちくさ市がはじまって2時間が過ぎても家族の姿は見えない。ショートメールでやりとりすると,まだ家を出たところで,あげくに西武線は止まっているという。絶望的な気分になり,iPhoneを見ずにポケットに押し込んだ。

みちくさ市

みちくさ市に参加した。

もとはといえば,両親のマンションに預けたままの本がかなりあって,その置き場を探す一環に参加したのがはじまりだ。2月に父親が亡くなり,その年の5月がはじめての参加だった。

マンションを片付けるためにあれこれひっくり返すと,よくもまあこんなものまで取っていたものだというものが次々と出てきた。「保存」と「結果として残っている」ものの違いにまず当惑した。全体,残っているのだけれど汚い。下手すると1970年に日吉から引っ越して以来,一度も開けていないんじゃないかというくらい古びたダンボール箱がいくつか出てきた。一人暮らししている間に預けたもの,結婚したときに持っていかなかったものが雑多に残っていて,20年以上を経ているので,それらも経年劣化甚だしい。

昨年,マンションの買い手が見つかったので,残しておく本などをダンボール箱5,6箱までに絞った。他にいくつか引き取った家具を含めても,だから親のマンションからもってきた品物はたかが知れている,はずだった。

ところが,以前記した通り,みちくさ市に参加するようになってから,本を買う冊数がおそろしく増えた。どうせ,読んだら並べればいい,というのが短絡的だったことに気づくのはしばらくしてのことだ。一度,身についた本を買う癖(そう,これは癖なのだ)は,滅多なことでなくならない。買った本が居場所を圧迫していく。

さらに,みちくさ市に並べるために本を選びはじめると,本の山が崩れる。もともと適当に山をつくっておいてあるものだから,そのなかから本を見つけるのは至難の業。何度,本を整理しても,そのたびに崩壊する。

娘でさえ,近場のレンタルロッカーの空きをチェックするようになったのは今年に入ってからのことだ。

今回のみちくさ市に触れる時間がなくなった。(つづきます)

個展

週末に昌己からメールが入った。

――土曜日に行かないか。

少し前,学生時代のサークル仲間のような女性からグループ展の案内が来ていた。彼女は20年ほど前から絵画教室に通い,油絵を描いている。この間,数回しか見に行った記憶はないものの,それでも毎回,グループ展を開催するたびに案内が届く。昨年,当時の友人たちと飲んだとき,変わらずに絵を描いていると聞いた。

伸浩にもメールをした。現地集合ということで土曜日になった。

ところがどこを探しても案内ハガキが見当たらない。会社に置きっぱなしにしたのだろうと思い,花粉症の注射を受けに行くついでに事務所に寄った。しかしハガキは出てこない。慌てて昌己にメールをしたところ,同じくハガキを紛失したという。ただ,彼は場所を記憶していて,京橋の画廊だったと思うと返信があった。

用事に出てきた家内と昼食をとり,私はそのまま東京駅に向かった。

オアゾの丸善で,野崎まどの『know』を購入して,八重洲口経由で京橋に行った。

昭和の終わりから平成のはじめにかけて,事務所が宝町と銀座にあった。だから,その頃,八重洲ブックセンターのイメージは“近所”だったし,京橋のビルの裏通りは当時から「目羅博士の不思議な犯罪」を想像してしまう様子がした。
都内はどこもかしこも工事が続き,「工事中」はもはや街の景色から外すことができない。京橋あたりは結局,ビルの高さが伸びただけで,佇まいはここ30年,変わっていない。メールに添付された地図をたよりに画廊を見つけた。

昌己は先に来ていて,伸浩もしばらくしてからやってきた。友人は風邪で来ていないという。まあ,そんなものだろう。
しばらくぶりで見た友人の絵は,おそろしく巧みになっていた。そのことにわれわれが戦いたのは,昨年の飲み会で彼女の仕事の様子を聞いたからだ。いわく,その鬱憤をすべて絵にぶつけているかのようなクオリティの高さ。

4,50分ほど絵を眺めた後,ギャラリーを出た。街並みは変わっていない感じがするといっても,このあたりに行きつけの店は当時からない。

「日本橋まで出るか,八重洲地下街に入るか」
ブックセンターの近くから地下街に入った。

ハッピータイム「ビール1杯100円」などというおそろしい看板を横目に,どこに入ろうかと悩む。まるで週末の夜,あてなく車で甲州街道を流すのと同じだ。得てして場違いな店に入ってしまうものだ。黒塀横丁まで歩き,コストパフォーマンスのよくない店に腰を落ち着けてしまったのは,気に入ろうが気に入るまいが,昔から変わらない癖のようなもの。酒を2杯,つまみをいくつかとって,結局,店を変わることにした。

丸の内北口のガード下には,いまだ居酒屋が残っていて,その一軒に入った。コストパフォーマンスのよい酒とつまみ。パイプ椅子だけれど,よっぽど落ち着く。3時間ほど飲んで食べて,一人あたま2,000円を切る。若くないのだから,こういう店に入るのはよしたらどうかと思うものの,いまだ,たいがいこんな調子だ。

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